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知財,特に特許を中心とした事件を扱っている理系の弁護士の雑記帳です。知財の判決やトピックについてコメントしたいと思っております。
1 概要
 本件は,本件は,無線通信システムに関する特許権(AT&T→ルーセント→アバヤ→・→・→原告へ)を有する原告が,移動電話通信サービスの提供を行う被告(KDDI)に対し,被告の通信システムは原告の特許発明の技術的範囲に属すると主張して,民法709条,特許法102条3項に基づき,損害賠償として10億円及びこれに対する平成21年1月16日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案です。

 これに対して,東京地裁民事40部(東海林さんの合議体ですね。)は,原告の請求を棄却しました。

 色んな意味で注目するところの多い事件ですが,私が特に注目したのは一点,無効の抗弁,その中でも,やっちまったなぁ~な,記載要件不備で権利行使が不能となったからです。

2 問題点
 記載要件不備で無効となるのは,そもそも4類型しかありません(特許法123条1項4号)。

 まずは,実施可能要件違反(特許法36条4項1号)です。
 次に,サポート要件違反(特許法36条6項1号)です。
 さらに,明確性要件違反(特許法36条6項2号)です。
 最後に,簡潔性要件違反(特許法36条6項3号)です。

 そして,実際に無効の抗弁で,権利行使不能とされた過去の事例があるのは,この4つのうち上の3つのみです。しかも,明確性要件違反での権利行使不能の事例は極端に少ないので,現実に注意しなければならないのは,実施可能要件違反とサポート要件違反のみと言ってよいでしょう。

 さらにさらに,この記載要件不備で権利行使不能となったのは,この3年半の間,全く無いはずです(最後が,大阪地裁のレベルセンサ事件でした。サポート要件違反でした。)。

 まあ,記載要件不備って,明細書書いた弁理士もそうですが,特許権者にしても,何故これでNGなの~っていう恨み辛みが残りやすいのですね。まだ,進歩性でNGの方がいい!それくらい,禍根を残すと言ってもよいでしょう。
 しかも,例の飯村さんの進歩性の新傾向判決以来,他の部でも進歩性については,非常に緻密で分析的な判断となってきており,要するに,進歩性NGすら出にくい状況なのですね。そんな中で,記載不備でNGっていうと,私のように,あんた全く空気読まないね~,台本破りも大概にしておいた方がいいんじゃないの,という感じなのです。

 ですので,ここ3年半も,記載要件不備で権利行使不能となる事例が無かったのだと思います。

 と書いたわけですので,結論先取りで申し訳ないのですが,今回久々に記載要件不備で,権利行使が不能とされております。
 珍しい~,and恥ずかしい~っニャ~。

 ま,ただ,本件の場合,補正が要旨変更に当たるかどうかというのが一番大きな論点ですね。
 詳細には説明しませんが(こっちを見てちょ),今の新規事項追加NGの基準の前の基準なのですね。でも,今は,そっちもこっちも,「明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入」したかどうか,という基準なので,あまり区別の実益はないのですが・・・。

 ですので,要旨変更に当たれば,明細書に書いていないことをクレームに追加しちゃったことになるわけですので,当然サポート要件違反になるし,そんなものは実施もできないだろうから,実施可能要件違反にもなる,というわけです。

3 判旨
・要旨変更「旧特許法41条の規定中,「願書に最初に添附した明細書又は図面に記載した事項の範囲内」とは,当業者によって,明細書又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項であり,補正が,このようにして導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該補正は,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内」においてするものということができるというべきところ,上記明細書又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項は,必ずしも明細書又は図面に直接表現されていなくとも,明細書又は図面の記載から自明である技術的事項であれば,特段の事情がない限り,「新たな技術的事項を導入しないものである」と認めるのが相当である。そして,そのような「自明である技術的事項」には,その技術的事項自体が,その発明の属する技術分野において周知の技術的事項であって,かつ,当業者であれば,その発明の目的からみて当然にその発明において用いることができるものと容易に判断することができ,その技術的事項が明細書に記載されているのと同視できるものである場合も含むと解するのが相当である。
 これを本件においてみるに,前記のとおり,本件発明は,「交換システム」が備える「第2の手段」において,「入トラヒックを運ぶパケットが当該交換システムの出口から送信される時刻の前の所定のウィンドウ時間内に当該交換システムの入口で受信されるように入トラヒックを当該交換システムの出口が送信する時刻を制御する」構成(本件構成)を有するものである。
 そして,前記(1)のとおり,本件発明の要旨の認定に関しては,本件構成における「入トラヒックを運ぶパケットが当該交換システムから送信される時刻の前の所定のウィンドウ時間内に当該交換システムで受信されるように入トラヒックを当該交換システムが送信する時刻を制御する手段」にいう「交換システムから送信される」,「交換システムで受信される」,「交換システムが送信する」の各文言は,交換システムの出入口における送受信の制御のみならず,交換システムの内部における送受信の制御という動作をも含んでいると解されるものの,その文言解釈上,第一義的には,「入トラヒックを運ぶパケットが当該交換システムの出口から送信される時刻の前の所定のウィンドウ時間内に当該交換システムの入口で受信されるように入トラヒックを当該交換システムの出口が送信する時刻を制御する手段」と解釈される。
 これに対し,本件当初発明にはこのような記載はもともと存せず,本件構成のうち上記解釈される部分は本件補正によって新たに追加された構成である。
 そして,前記(2)のとおり,本件当初明細書等に記載された時刻の制御の内容は,交換システムの内部構成におけるプロセッサからボコーダに送信される時刻を制御するものであるところ,当該制御によっては,入トラヒックについて交換システムの出口が送信する時刻を制御することはできず,さらに,パケット・プロトコルを終了させるプロセッサ以降において,所定のウィンドウ時間内に当該送信パケットが受信されるための制御を行うことが,本件出願日当時,周知技術であったということもできない。
 したがって,プロセッサからボコーダに送信される時刻を制御する技術的事項を開示するにすぎない本件当初明細書等には,本件構成のうち,交換システムの出口から送信する時刻を制御する技術的事項については何ら記載されておらず,また,本件当初明細書の記載から自明である技術的事項であるということできない。
 以上によると,本件補正は,本件当初明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるとは認められないから,本件補正は,旧特許法41条所定の「明細書又は図面に記載した事項の範囲内」においてするものということはできず,要旨変更に該当するものというほかない。

・サポート要件「本件特許権に適用される平成6年法律第116号による改正前の特許法36条5項1号は,「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」と規定し,いわゆるサポート要件を記載要件として要求しているところ,このように法がサポート要件を要求する趣旨は,仮に特許請求の範囲の記載が,発明の詳細な説明に記載若しくは開示された技術的事項の範囲を超えるような場合に,そのような広範な技術的範囲にまで独占権を付与することになれば,当該技術を公開した範囲で,公開の代償として独占権を付与するという特許制度の目的を逸脱するため,そのような特許請求の範囲を許容しないものとしたというものであるから,特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものと解するのが相当である。」
「これを本件についてみるに,本件補正は,本件当初明細書等の発明の詳細な説明については,段落【0034】における先行技術文献に関する記載を変更したものにすぎず,本件当初明細書等の発明の詳細な説明と,本件明細書等の発明の詳細な説明の記載は,その技術内容に係る記載において異なるものではない。そうすると,本件発明における構成要件F2(本件構成)のうち,「入トラヒックを運ぶパケットが当該交換システムの出口から送信される時刻の前の所定のウィンドウ時間内に当該交換システムの入口で受信されるように入トラヒックを当該交換システムの出口が送信する時刻を制御する手段」と解釈される部分は,前記1(2)のとおり,本件明細書等の発明の詳細な説明に記載のない事項であり,かつ,本件明細書等の発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものでもなく,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものともいえないから,本件発明は,平成6年法律第116号附則6条でなお従前の例によるとされる特許法36条5項1号のサポート要件を満たしておらず,本件発明1及び2に係る特許はいずれも特許無効審判により無効にされるべきものと認められる。」

・実施可能要件「本件特許権に適用される平成6年法律第116号による改正前の特許法36条4項は,「発明の詳細な説明にはその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に,その発明の目的,構成及び効果を記載しなければならない」と規定し,いわゆる実施可能要件を記載要件として要求しているところ,このように法が実施可能要件を要求する趣旨は,有用な技術的思想の創作である発明を公開した代償として独占権が与えられるという特許制度の目的を担保するため,発明の詳細な説明に当該請求項に係る発明について当業者が実施できる程度に明確かつ十分な記載を求めるというものと認められるから,実施可能要件を満たすためには,出願当時の技術常識からみて,当業者が,出願に係る発明を正確に理解でき,かつ過度の試行錯誤を経ることなく発明を再現することができるだけの記載がなければならず,その結果,所期の作用効果を奏することができるものであることを要すると解するのが相当である。」
「これを本件についてみるに,前記3のとおり,本件当初明細書等の発明の詳細な説明と,本件明細書等の発明の詳細な説明の記載は,その技術内容に係る記載において異なるものではなく,したがって,本件発明における構成要件F2(本件構成)のうち,「入トラヒックを運ぶパケットが当該交換システムの出口から送信される時刻の前の所定のウィンドウ時間内に当該交換システムの入口で受信されるように入トラヒックを当該交換システムの出口が送信する時刻を制御する手段」と解釈される部分は,本件明細書等の発明の詳細な説明に記載のない事項であり,入トラヒックを交換システムの出口が送信する時刻を制御する技術的事項につき,出願当時の技術常識からみても,当業者がそれを正確に理解でき,かつ過度の試行錯誤を経ることなく発明を再現することができるだけの記載があるとはいえないから,本件発明は,平成6年法律第116号附則6条でなお従前の例によるとされる特許法36条4項の実施可能要件を満たしておらず,本件発明1及び2に係る特許はいずれも特許無効審判により無効にされるべきものと認められる。」

4 検討
 サポート要件については,やはりパラメータ事件大合議の規範によるものと思われます。化学の分野じゃなくても,適用はあるというわけですね。

 さて,最初に注目するところの多い事件だと書きました。ですので,上に書いた点以外で注目するところを書き抜いてみましょう。

 まずは,事件番号です。平成20年(ワ)ということは,平成20年の訴訟提起ということです。もう5年も経っております~。なげえ~。
 昔はこのくらいざらだったそうですが,近時1年前後がデフォーですので,提起から5年というのは,本当,びっくりするくらい長いです。

 おかげで,本来知財高裁で一緒に審理をするはずの,無効審判→審決取消訴訟は,既に結果が出ております。
 こちらも,補正は要旨変更で,記載要件に不備があるという判断です(知財高裁4部でした。)。何だか,この審決取消訴訟の判断等を待ち,東京地裁は安心して判決をしたかったのではないかなあと思えますね~オホホ。ちなみに,この審決取消訴訟は,上告と上告受理の申立てがされております(特許庁情報)。

 つぎに,攻撃防御のやり方です。今回のような特許は典型なのですが,このような場合被告側のデフォーというくらいの定石があります。それは,今回のように,補正では要旨変更ないし新規事項追加,分割では分割要件違反を問うというものです。
 分割は,補正の一手段と思っていいし,その判断の規範も補正と一緒です(技術的事項がウンタラカンタラのやつです。)。そして,その昔補正については緩やかだった時期もあるのですね。そうすると,その昔に分割を経たり,補正を経たりして特許されている特許については,結構要旨変更だったり分割要件違反だったりすることは多いのです。
 その確率は,所謂外内の出願だと一層高まります(特に米国)。米国の出願では,さまざまな分割出願がありますし,その要件も少なくとも日本に比べれば緩やかです。そうすると,そのノリで,日本でもいっちょ分割して特許を増やそうぜ~や,イ号を見た後で,こんな特許を作っておこうぜ~みたいにやることもあります。
 そうすると,後日の権利行使のときに,被告側から,その辺の不備を指摘されて,権利行使もお陀仏で,特許そのものもお陀仏~♪となるわけです。

 で,このやり方,特許業界ではデフォー(当然,今回もそのとおりです。)なのですが,時々,何故かやらない所も出てきます。勿論日頃特許の仕事をしない先生方なら仕方ありませんが,弁理士も共同代理人で就いているのに,このやり方をしないのでは後で??となりますよ。

 ですので,こんな偏屈ブログを見てのメリットがありましたね,皆さん。
 米国の優先権主張の出願で,補正や分割を経ているものは,必ず,その不備を一回は検討すること!,原告も被告もです。特に被告が勝つには,これが一番手っ取り早いです。

 まあしかし,そういうことですので,原告にとっては,若干無駄な骨折りだったという気がします。

5 追記
 5月に入ってから,若干ブログの更新ペースが悪いんじゃないのと思われてることと思います。確かに更新のペースは遅くなっております。珍しく忙しいと更新のペースも落ちるのですが,今回は違いますね。

 このブログは,基本的に他人に読ませるためではなく,完全に自分のためです。「ノート」と書いているとおり,備忘録的な意味合いがあったのですが,なんちゅうか最近はそんな将来の自分のため,と言うよりも,自己満足のためという感じが強いと思います。つまり,こうやって書くことそのものが目的,というわけです。

 ところが,4月の後半から色んな所から執筆の依頼が来ており(これ本当),そちらに頭を悩ますことも多いのです。
 そして,実際に書いてもおります。そうすると,どうですか~,外でたくさん出してきて,また家に帰ってもう一回戦じゃあ,いくら高田の種馬と言われたこの私も,もう勃ちません~♪ってなりますわな。ぬははは。

 岩永先生の言うことは本当わかりやすくていいんだけど・・・・・エヘンオホンとよく言われます。まあしょうがないですね。
 ですので,橋下ちゃんについても,私は大目に見て欲しいところでありますね。ただ,いわゆるプロ市民と偽善者が誰か,よくわかって良かったと思います。
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