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知財,特に特許を中心とした事件を扱っている理系の弁護士の雑記帳です。知財の判決やトピックについてコメントしたいと思っております。
1 概要
 本件は、発明の名称を「日焼け止め剤組成物」とする発明について,平成11年7月29日,国際特許出願(優先権主張:平成10年7月30日,米国)をした原告(出願人)が,拒絶査定を受け(進歩性なし),さらに、不服の審判(不服2007-5283号事件)を請求したものの、特許庁から,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決を受けたため(進歩性なし)、これに不服の原告が知財高裁に訴訟提起したものです。

 これに対し、知財高裁(3部)は、審決を取消しました(出願人勝訴)。

 いやはや、驚くべき新傾向判決です。今回は長いですよ! 

2 問題点
(1)常々繰り返し述べるとおり、特許の肝は、進歩性です。弁護士とか裁判官とかは、均等論だとか、損害論だとか、純粋法的論点に興味を持っている方が多いようです。まあこれは、無効論、ひいては進歩性が分からないから、だと私は思っています。もちろん、私も弁護士ですから、純粋法的論点にも興味はあり、よく考えることもあります。
 しかし、これは法曹には楽な道なのですよ~。進歩性の検討をするには、法的議論もそうですが、技術的なものが重要ですので、本願の技術を理解し、引例の技術も理解し・・・とシンドイ作業をしないといけません。ところが、純粋法的論点は、本願の技術さえ理解せずとも論点の議論ができる場合があるのです。純粋法的、ですからね。
 でも、特許の肝は、進歩性です。勘違いなく。

(2)さて、その進歩性が本件で問題となりました。そして、本件では、補正があり、ある特定の化学物質に限定がされております。その限定されたクレームについて、効果が問題となったのです。
 クレームは以下のとおりです。

日焼け止め剤としての使用に好適な組成物であって:
a)安全で且つ有効な量の,UVAを吸収するジベンゾイルメタン日焼け止め剤活性種;
b)安全で且つ有効な量の安定剤であって,次式,
【化1】(省略)
を有し,式中,R1及びR1’は独立にパラ位又はメタ位にあり,独立に水素原子,又は直鎖もしくは分枝鎖のC1~C8のアルキル基,R2は直鎖又は分枝鎖のC2~C12のアルキル基;及びR3は水素原子又はCN基で
ある前記安定剤;
c)0.1~4重量%の,2-フェニル-ベンズイミダゾール-5-スルホン酸であるUVB日焼け止め剤活性種;及び
d)皮膚への適用に好適なキャリア;
を含み,前記UVAを吸収するジベンゾイルメタン日焼け止め剤活性種に対する前記安定剤のモル比が0.8未満で,前記組成物がベンジリデンカンファー誘導体を実質的に含まない前記組成物。」

 梅雨明けもして、非常にタイミングが良い発明ですね。P&G(原告)もほくほくでしょう。
 審決の要点は以下のとおりです。

相違点
「本願発明は『0.1~4重量%の2-フェニル-ベンズイミダゾール-5-スルホン酸であるUVB日焼け止め剤活性種を含む』のに対し,引用発明は『任意に通常のUV-Bフィルターを含む』とされている点」
(審決書4頁17行~20行)

特許法29条2項の発明の容易性
「本願の優先権主張の日の前において,「2-フェニル-ベンズイミダゾール-5-スルホン酸」が代表的な「UV-Bフィルター」(UV-B吸収剤)の1つであって,既にそれを含む商品が販売され,他の公知のUV吸収剤と併用されることは,周知である。そうすると,引用例Aの「任意に少なくとも1種の通常のUV-Bフィルターを・・・含み」なる記載及び「UV-B線の濾波に使われる材料に関してはその選択に全く制限がない」なる記載に従って,「代表的なUV-Bフィルター」成分の中から「2-フェニル-ベンズイミダゾール-5-スルホン酸」を選定することは容易である。
そして,その際の配合量として,引用例Aには「UV-Bフィルターが約1~約12%の量で存在する」と記載されているので,かかる範囲と重複する「約0.1~4重量%」と特定することも当業者が適宜なし得る。
本願明細書には実施例として化粧品の製造例が記載されているにすぎず,本願発明の効果については一般的な記載にとどまり,客観性のある具体的な数値データをもって記載されているものではない。また,特に「UV-Bフィルター」を「2-フェニル-ベンズイミダゾール-5-スルホン酸」に特定することによる効果については,何ら具体的に記載されていない。よって,本願明細書の記載からは,格別予想外の効果が奏されたものとすることはできない。
なお,平成19年3月19日付けの審判請求理由補充書において【参考資料1】として記載された本願発明(請求項1の組成物)のSPF又はPPDに関する効果については,本願明細書には「UV-Bフィルター」を「2-フェニル-ベンズイミダゾール-5-スルホン酸」に特定することによる効果が何ら具体的に記載されていないので,参酌することができない。仮にこれを参酌したとしても,SPF又はPPD値自体がUV線に対する効果の指標であるから,UV-Bフィルターとして代表的な成分の中から「2-フェニル-ベンズイミダゾール-5-スルホン酸」を選定する際に当然その値を確認しつつ選定をするものと理解されるので,そのようなSPF又はPPDに関する効果をもって,当業者が予期し得ない格別予想外のものであるとすることはできない。」(審決書4頁2行~6頁10行)。

 これを把握するには、原告主張の取消事由を見たほうが早いでしょう。
 取消事由1 審判請求理由補充書の実験結果を参酌することができないとした判断の誤り
 取消事由2 本件【参考資料1】実験の結果を参酌しても,顕著な作用効果がないとした判断の誤り

 他方、被告特許庁は以下のように主張しました。
取消事由1について、「本件【参考資料1】実験の結果に記載された本願発明のSPF値又はPPD値に係る効果は,本願明細書の記載から当業者において推論することができるとは認められないから,本件【参考資料1】実験の結果を参酌することができないとした審決の判断に誤りはない。」
取消事由2について、「仮に本件【参考資料1】実験の結果を参酌することができるとしても,本願発明の日焼け止め剤組成物の作用効果が顕著であるとはいえないから,審決がその顕著な作用効果を看過し,特許法29条2項に係る判断を誤ったものであるとはいえない。」
 要は、明細書に書いていない効果を後づけの実験報告書で補おうなんてふてえ野郎だ、さらに補うほどのものでもねーよ、というわけです。

 と、書きましたが、出願時に書いていないものって原則ダメですよね。 だって、それでよいとしたら、第三者に不測の不利益を与えることになりかねないからです。ですので、まあ効果に関する実験報告書って、本当に補充的なものしか認められないのが通例でした。特許庁の判断は妥当なような気もしますね。

 ところが、飯村さん率いる3部は・・・です。

3 判旨
(1)取消事由1
「進歩性の判断において,「発明の効果」を出願の後に補充した実験結果等を考慮することが許されないのは,上記の特許制度の趣旨,出願人と第三者との公平等の要請に基づくものであるから,当初明細書に,「発明の効果」に関し,何らの記載がない場合はさておき,当業者において「発明の効果」を認識できる程度の記載がある場合やこれを推論できる記載がある場合には,記載の範囲を超えない限り,出願の後に補充した実験結果等を参酌することは許されるというべきであり,許されるか否かは,前記公平の観点に立って判断すべきである。」
「確かに,本願当初明細書には,本件【参考資料1】実験の結果で示されたSPF値及びPPD値において,従来品と比較して,SPF値については約3ないし10倍と格段に高く,PPD値についても約1.1ないし2倍と高いこと等の格別の効果が明記されているわけではない。しかし,本件においては,本願当初明細書に接した当業者において,本願発明について,広域スペクトルの紫外線防止効果と光安定性をより一層向上させる効果を有する発明であると認識することができる場合であるといえるから,進歩性の判断の前提として,出願の後に補充した実験結果等を参酌することは許され,また,参酌したとしても,出願人と第三者との公平を害する場合であるということはできない。」

(2)取消事由2
「本願発明は,2-フェニル-ベンズイミダゾール-5-スルホン酸を他の特定成分と組み合わせることにより,各成分が互いに作用し合う結果として,当業者において予想外の顕著な作用効果(広域スペクトルの紫外線防止効果及び光安定性が顕著に優れるという作用効果)を有するものであると認めることができる。
したがって,紫外線防止効果を一般的指標であるSPF値等で確認し得たことなどを理由として当業者が予想し得た範囲内であるとした審決の判断は誤りである。」

4 検討
(1)取消事由1
 ええーって感じですよ。
 まず、「本願当初明細書に接した当業者は,「UV-Bフィルター」として「2-フェニル-ベンズイミダゾール-5-スルホン酸」を選択した本願発明の効果について,広域スペクトルの紫外線防止効果と光安定性を,より一層向上させる効果を有する発明であると認識するのが自然であるといえる。」とは認定しているのですが、明記がないわけですから、判断項目は挙げているものの、このように認定するのにどういう基準かはっきりしないと困るはずなのに、全く基準がありません。
 しかも、明記がない効果を当業者が認識できるのならば、そもそも予期せぬ効果とも言えないわけですから、その時点でそもそも進歩性がないのでは?というジレンマにもハマります。

 ですので、従来、後付けの実験報告書で補える効果というのは、補助的なもの(例えば、上限や外枠自体は、当初明細書にも記載があり、その中の効果を詳細に説明するという程度のもの)に限られると考えられていたわけです。ところが、本件は、明記のない、上限(MAX)さえ補えるとしたのです。驚きです。

(2)取消事由2
 取消事由1をそう判断したら、まあ引込みがつかないので、こうした!としか受け止められません。
 まあ、明記のないMAXの効果も後付けで補えるという前提に立てば、顕著で有利な効果で進歩性あり!となるのはむしろ当然といえるかもしれませんね。

(3)まとめ
 本件は、明記のない効果にもかかわらず(効果はそもそも程度問題の話であるのに、その程度が明記されていなかったのですよ!)、それが認識でき、推論できると認定しました。本件のポイントはここに尽きます。
 実施可能要件の判断やサポート要件の判断と異なります。進歩性の判断において、書かれていない効果が認識でき、しかもそれにもかかわらず、予期せぬ効果だというウルトラC的な場合とはいかなる場合なのでしょうね。私は不勉強なせいか、少しもわかりません!

 はっきり言って、これはやり過ぎです。今後出願人は、後付けの実験報告書をすべからく提出しようとし、審査・審判は紛糾するでしょう。法的安定性に欠けます。
 私は飯村さんの判断傾向は結構好きで、賛成する場合は多いのですが、今回は、全く賛成できません。

5 追伸(2011/2/14)
 本件判決が判例タイムズに載りました(1337号)。その評釈を見ましたが,やはり納得できませんね。
 ちなみに,これは特許庁の上告なく,確定したとのことです。

 判タいわく,本判決については,追加実験の詳細な実験条件が判決別紙として明記されており(これはそのとおり。),それ故,第三者が事後的に検証しやすいようにされているから,このような開示と引き替えに出願人に有利な認定がされるというのも,一つの考え方であるように思われる,らしいです。

 こういうのを,わかったようなわからんようなものの典型というのではないでしょうか。やはり,書いていない効果を当業者が認識でき,しかしながら,それが,当業者の予想を超える場合ってどんな場合なのでしょうか??
 アホな私にもわかるようにきちんと説明してちょうだいな。判タの評釈は毒にも薬にもならないスカですな。






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