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知財,特に特許を中心とした事件を扱っている理系の弁護士の雑記帳です。知財の判決やトピックについてコメントしたいと思っております。
1 概要
 本件は,油性液状クレンジング用組成物についての特許権を有する原告(ファンケル)が,クレンジングオイル(被告製品1)及び別紙物件目録2記載の化粧品セット(被告化粧品セット)中に含まれるクレンジングオイル(被告50mL製品。被告製品1と併せて「被告各製品」という。)は,上記特許権に係る発明の技術的範囲に属するものであるから,被告(DHC)による被告製品1及び被告化粧品セットの製造,販売及び販売の申し出は上記特許権を侵害するものであると主張し,被告に対し,特許法100条1項及び2項に基づき,被告製品1及び被告化粧品セットの製造,販売及び販売の申出の差止め並びにこれらの廃棄を求めるとともに,特許権侵害の不法行為(民法709条及び特許法102条2項・3項)に基づき,平成21年8月14日以降の損害賠償として7億1000万円の支払を求める事案です。

 これに対して,東京地裁29部(大須賀さんの合議体です。)は,請求の一部(損害賠償金1億6569万8740円)を認めました。

 テレビや新聞報道になったので,かなり有名な特許侵害訴訟ですが,漸く判決がアップしたということですね。
 化粧落としに使うクレンジングオイルをめぐってライバル二社が特許侵害訴訟で争うという,ちょっと前なら考えられないような話ですね。

 で,単に有名な事件だからと言ってへそ曲がりの私が取り上げるはずがありません。何故取り上げたか,それは,二審の結果も見えているな,こりゃって感じだったからです。

2 問題点
 特許侵害訴訟っていうと,こういう大きな企業間で争うパターンと,町の発明家又はそれに毛が生えただけのものと大きな企業で争うパターンと,の2通りありますね。

 そして,このパターン,技術分野で大きな違いがあると思います。電気系,さらに言えば,IT系は,後者のパターンが多いです。ちょっとしたベンチャーが,市場から金をひくため特許を出願し,それに基づいて権利行使までやってしまうパターンです。

 他方,本件のような化学分野の場合,前者のパターンが殆どです。化学分野って設備投資が大きいですから,自然と企業の規模も大きくなってしまうということなんでしょうね。ただ,化学分野の場合,相手のプロセス等がわかりませんし,上市している商品から組成がきちんとわからないことも多く,権利行使が難しいという問題があります。でも逆に言えば,それでも権利行使をやるってことは,かなりきちんと吟味(少なくとも,構成要件該当性については)しているということでもあります。

 私もときどき相談を受けるのですが,それっぽい風で特許も自信満々でやって来られる方の中に,そんなことも知らないの!?ということが多くあります。

 例えば,特許のクレームが,A・・・,B・・・,C・・・,D・・・,E・・・という大きく5つの構成要件から成り立っている場合,相手方の商品の構成も,このAからEのすべてを具備しないといけないわけです。多数決ではありません。

 相談者の中には,違うのはこのEだけじゃん,他のA~Dは全部あってんのに,何で~と言われる方がいます。
 そのとき,私はこう言います。じゃあクレームもAからDだけにすれば良かったのにね~♫そういう特許にすれば良かったのにね~♫
 そうすると,多くの方は,こう言い返します。いやそれだと特許がとれないんですよ,そういうのは既にあって・・・ゴニャゴニャ。

 どうして,多数決じゃないかは,これでお分かりですね。権利一体の原則と難しい言葉で言うそうですが,そんな難しい言葉を使わなくても,自分が特許庁にそういう内容の特許を取りたいということで,出願したのだから,それまでですよ,という常識的な話なだけです。

 ですので,本件,構成要件該当性で争うというのは,まあ争ってもいいけど,そこは本丸ではないのでしょう。争うべきは,無効の抗弁ですが,しかし・・・

3 判旨
 無効の抗弁(進歩性の所)「
ウ 本件発明1と乙2の1発明との対比
(ア) 本件発明1と乙2の1発明とを対比すると,乙2の1発明の「油性成分」,「ポリグリセリン脂肪酸エステル」,「陰イオン界面活性剤」「ジラウロイルグルタミン酸リシン塩」,「デキストリン脂肪酸エステル」は,それぞれ,本件発明1の「油剤」(構成要件1-A),「脂肪酸とポリグリセリンのエステル」(構成要件1-C),「陰イオン界面活性剤」「ジ脂肪酸アシルグルタミン酸リシン塩」( 構成要件1 - D ) , 「デキストリン脂肪酸エステル」(構成要件1-B)に各相当するから,本件発明1と乙2の1発明は,「油剤と,炭素数10以下の脂肪酸とポリグリセリンのエステルと,陰イオン界面活性剤とを含有する,耐水性の油性クレンジング」である点で一致し,以下の点で相違する。
(イ) 〔相違点1〕
 本件発明1は,デキストリン脂肪酸エステルを必須成分として含有し,かつ,その成分がパルミチン酸デキストリン,(パルミチン酸/2-エチルヘキサン酸)デキストリン,ミリスチン酸デキストリンのいずれか又は複数に限定するものであるのに対し,乙2の1発明はデキストリン脂肪酸エステルが任意成分であり,かつ,その種類も限定されていない点。
〔相違点2〕
 本件発明1は,脂肪酸とポリグリセリンのエステルの炭素数を8~10とするものであるのに対し,乙2の1発明は,脂肪酸とポリグリセリンのエステルの炭素数を10以下とするものである点。
〔相違点3〕
 本件発明1は,陰イオン界面活性剤をジ脂肪酸アシルグルタミン酸リシン塩,ポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸塩,N-脂肪
酸アシルメチルタウリン塩,脂肪酸塩,N-脂肪酸アシルグルタミン酸塩,N-脂肪酸アシルメチルアラニン塩,N-脂肪酸アシルアラニン塩,N-脂肪酸アシルサルコシン塩,N-脂肪酸アシルイセチオン酸塩,アルキルスルホコハク酸塩,アルキルリン酸塩のいずれか又は複数に限定するものであるのに対し,乙2の1発明は,陰イオン界面活性剤の具体例としてジ脂肪酸アシルグルタミン酸リシン塩を挙げるものの,陰イオン界面活性剤の種類を限定していない点。
〔相違点4〕
 本件発明1は,分子内に水酸基を2個以上有するポリヒドロキシル化合物の1種以上を含有することに関し記載がないのに対し,乙2の1発明は,同成分を必須成分として含有するものである点。・・・・

 
・・・被告は,乙2の1文献の実施例に,本件発明1の(A)ないし(D)成分に相当する成分が開示されており,とりわけ,乙2の1文献の【0092】,【0093】欄には,ジラウロイルグルタミン酸リジンナトリウム,ミリスチン酸デキストリン,セスキカプリル酸ポリグリセリルが開示されているから,本件発明1と乙2の1発明は同一であると主張しているところ,上記主張は,上記実施例における開示から,本件発明1の構成に想到することは当業者にとって容易であると主張する趣旨であるとも解される。しかし,【0092】及び【0093】欄記載の各実施例中に,被告の指摘する各物質(ジラウロイルグルタミン酸リジンナトリウム,ミリスチン酸デキストリン及びセスキカプリル酸ポリグリセリル)を全て含む例はみられず,実施例1ないし12は,本件発明1の(A)ないし(D)成分のうち,(B)ないし(D)成分のいずれかを欠く構成である。そして,上記各実施例は,安定性につき「○」,外観につき「透明」又は「半透明」,水の接触角評価につき「○」,残油感の官能評価につき「○」,かさつきの官能評価につき「○」(実施例12については,これに加え,乾燥した手,濡れた手のいずれでも快適に使用することができた)との効果を有する油性ゲル状クレンジングである(前記5(1)ア(イ)m及びn)。したがって,このように各評価要素について適切であると評価されている乙2の1発明について,これに加えて,本件発明1に係る作用効果(手や顔が濡れた環境下で使用できる,透明であり,かつ,使用感に優れた粘性を有した油性液状クレンジング用組成物であること)を得るため,(B)ないし(D)成分のうち,各実施例において欠いているものを必須成分として加える動機付けはないものというべきである。また,被告の指摘する各物質は,前記5(1)オのとおり,本件発明1の(B)ないし(D)成分に相当する物質を個別に開示したにすぎないものであり,上記各物質から,(B)及び(D)成分につき,その種類を限定し,かつ,(C)成分につき,その炭素数を限定して本件発明1に至る示唆又は動機付けも認められない。・・・

 ・・・したがって,本件発明1は,乙2の1発明から又は乙2の1発明に乙2の4,乙2の5の事項を考慮することにより容易に想到することができたものに当たらない。


4 検討
 判決は,要するに,本件発明1の全部の要素は,確かに,乙2の1(特開2006-225403号公報)に載っているかもしれないが,その全部の要素を一体にしたような実施例や開示は全くないということを重視したのだと思います。
 化学分野の発明って,ちょっと違うとその作用効果が非常に違うのですね。 
 例えば本件の例で,B~Dまでを使用したクレンジングオイルの公知技術がある文献に載っていたとして,しかもその文献の他の実施例にAを使用したクレンジングオイルの公知技術が載っていたとしても,安易に先のB~Dのクレンジングオイルに,Aを適用するのは想到容易だとはできないのです。だってちょっとの違いも大きな違いなんでしょ,ってなわけです。少なくとも,今の知財高裁の実務はそんな感じだと思います。

 さて,マスコミで報道されたのは,特許庁の無効審判では無効になったということでした。では,審決(無効
2010-800204)を見てみましょうか。

 「甲第1号証の実施例12においては、本件発明の構成要件Bの「デキストリン脂肪酸エステル」の記載がない。  
 しかしながら、甲第1号証には、油性クレンジングにおいてデキストリン脂肪酸エステルとしてミリスチン酸デキストリン、パルミチン酸デキストリンを添加することができることが記載されている(【0062】、【0075】)。特に【0062】には、公知のゲル化剤として、ミリスチン酸デキストリン、パルミチン酸デキストリンが記載されている。またさらにミリスチン酸デキストリン、パルミチン酸デキストリンを油性液状クレンジング組成物の粘性の調製のために、必要に応じて添加し、その粘度を調節して、塗布性、使用性、保存安定性を向上させる技術については、出願時において周知技術でもある(参考資料1(特開2003-113024号公報)の請求項1、【0002】、【0016】、【0032】:参考資料2(特開2002-255727号公報)の【0007】~【0015】:参考資料3(特開2003-252726号公報)の【0011】、【0012】:参考資料4(特開2001-288036号公報)の請求項2、【0009】:参考資料5(新化粧品ハンドブック)の678~681頁「油系増粘・ゲル化剤」としてデキストリン脂肪酸エステルが化粧品である透明なゲルクレンジングに用いられることが記載)。  
 そうすると、実施例12の油性クレンジング組成物において、クレンジングとして所望の使用性等に応じてその粘度を調節するためにミリスチン酸デキストリン、パルミチン酸デキストリンを適宜添加配合することは当業者が通常成し得る事項である。」
(なお,審決の甲1は,判決の乙2の1と同じ文献のようです。)

 やっちまったなぁ~。こりゃ一番まずい進歩性否定の典型例です。私がソニーの知財部に居た頃,こんな拒絶理由のオンパレードでした。しかも,周知技術さえ出さずにです。こういうのを何て言うか知っていますかね。給料泥棒,おっと特許庁ですので,税金泥棒でしたね。
 化学分野は構成が少し違えば作用効果はすごく違うのです。同じ文献等に記載があっても,それをそのまま適用なんてできないのです。判決の繊細な認定と比べて,審決の荒っぽいことって言ったら。自分達はこの分野の専門家だからという奢った気持ちが審決に表れている,まさに自分達の愚かさが愚かしい程顕出していて,むしろ同情したいくらいですね。

 ですので,この審決は,知財高裁で,80-90%の確率で取り消されます(
平24(行ケ)10024号として,現在知財高裁2部に係属中らしいです。
 被告のDHCは,早急に和解を模索した方がよいと思いますね。知財高裁で特許侵害訴訟で負け,審決取消訴訟でも負け,となったら,和解するところがなくなりますのでね。


 さてさて,今日も判決なので,閲覧は少なそうだ~。

5 追伸 2013/7/10
 上記の事件,知財高裁で,和解という話が出ました。そうだろうなあ,DHCはそのうち和解できなくなるだろうからなあ,と思いきや,逆のようです。

 DHCのIRを見ると,侵害無く賠償金も支払わないで良かったので,和解~♪ってことです。何!本当!,ということは,上記の無効論で,特許庁の無効論が維持され,一審の無効論は退けられたということになりますね。

 平たく言えば,一審の無効論は,書いてあるからって言っても,その発明に適用できるかどうかわからんので,進歩性有り,他方特許庁の無効論は,書いてあるし,似たような技術では適用できるんだから,今回の発明にも適用できるでしょ,普通,なので,進歩性なし!だったわけです。

 で,私としては,一審の無効論を支持ました。化学の発明では微差が重要ですからね。
 ところが,それぞれの二審に相当する知財高裁2部は,そうじゃなく,書いてあるし,似たような技術ならいいんじゃねえと判断したものと推測されます。

 うーん,そうなのか~,ちょっと本当か~。
 でも,これ和解になったから正確なところはわからないもんなあ。特に審決取消訴訟では,新引例を追加できないけど,侵害訴訟の二審では新引例も追加できるので,それで無効論が覆った可能性もあるし・・・・ま,推測で色々言っても仕方ないので,これくらいにしておきましょう。兎も角も,無効論で決着がついたようですので,DHC側の弁理士アッパレと言っておきましょうや。
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