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知財,特に特許を中心とした事件を扱っている理系の弁護士の雑記帳です。知財の判決やトピックについてコメントしたいと思っております。
1 概要
 本件は,被告(三菱化学)の元従業員である原告が,被告に対し,旧特許法35条に基づき,原告が被告に承継させた職務発明に係る特許を受ける権利について,相当の対価と主張する31億3800万円又は15億6900万円から受領済みの出願時補償金及び登録時補償金を控除した残額の一部として150万円並びにこれに対する訴状送達の日の翌日である平成19年5月24日からの遅延損害金の支払を求めた所謂職務発明の相当対価請求事件の第2次控訴審の事件です。

 まず,東京地裁(平成19年(ワ)第12522号)は,消滅時効の完成を理由に原告の請求を棄却しました(第1次第1審判決)。これに対して,第1次控訴審(平成20年(ネ)第10039号)において,知財高裁は,消滅時効は未だ完成していないと判断して,本件を東京地方裁判所に差し戻しました(第1次控訴審判決)。その後,最高裁は被告による上告受理申立てを不受理とし,第1次控訴審判決は確定したわけです。
 
 つぎに,差し戻し審の東京地裁平成21年(ワ)第17204号(平成24年02月17日判決)は,5900万円及びこれに対する平成10年10月8日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を認める限度で原告の請求を認容しました。
 なお,原告は,消滅時効の起算点である平成10年10月7日から10年を過ぎた平成21年8月17日に,請求を拡張し,相当の対価として主張する2億4281万6039円から受領済みの出願時補償金及び登録時補償金を控除した2億4281万1239円並びにこれに対する支払期限到来日の翌日である平成10年10月8日から支払済みまでの遅延損害金の支払を求めております。

 そして,本件で,知財高裁2部は(塩月さんの合議体ですね。),5900万円及びこれに対する平成19年2月2日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を認める限度で原告(被控訴人)の請求を認容しました。

 ま,要するに,消滅時効の成立は認めなかったのものの,遅延損害金の始期は後ろにずらされたので,一審に比べ多少支払額は低くて済み,被告訴訟代理人の面目も多少は立ったというところでしょうか。

 このブログでは珍しい相当対価請求訴訟です。

2 問題点
 問題点は,消滅時効の成否と,遅延損害金の始期です。でも,これが認められるのと認められないのでは,額が画期的に違うので,メインの論点は消滅時効の成否ですね。

 消滅時効というのは,民法167条にあります。

 「債権は、十年間行使しないときは、消滅する。」です。

 何ちゅうか,法は勤勉な人間を守る,というのが基本なので,いくら債権者だと言っても,権利の上にあぐらをかき,別にいつ請求しようが俺の勝手じゃ,というような者は守ってやらない,というのが趣旨です。

 そして,現在,オナニー進行中(かきすぎに注意!)の民法債権法改正も,ここが論点となっています。
 と言っても,一般債権は,上記のように10年でいいのですが,2年だとか3年だとか1年だとかの細かい消滅時効があるので,こっちの方がメインなんですけどね(飲み屋のツケとか,そういうやつです。)。

 で,今回問題となっているのは,いつから消滅時効が進行しているというのではなく(それは,平成10年10月7日で,それから10年以内に訴訟は提起されております。),上記のとおり,最初の請求が150万円のみだったので,債権の一部請求と時効中断が問題になるわけです。条文で言えば,民法147条です。

 「時効は、次に掲げる事由によって中断する。 一  請求

 要するに,勝つか負けるかわからない訴訟で,はなっから,2億4281万1239円と請求するバカは居ません。というのは,印紙代がバカにならないからです。ちなみに,一審で,749,000円もかかります。
 他方,150万円の請求だと,13,000円で済みます。小学生の小遣いか,お父さんのボーナスかの違いがあるわけです。
 ですので,訴訟の帰趨を見て,途中で,請求を拡張するのがデフォ―です。勿論残余部分を別訴で訴えてもいいわけですけどね(説で違いはありますが。)。

 ただ,そうすると,請求を拡張するにせよ,別訴提起するにせよ,消滅時効との関係はどうなるんでしょう?
 だって,時効ギリギリに一部請求で訴えて,残部も訴訟進行中は消滅時効にかからないとすると,はなっから全部請求するバカはいないでしょう。でも,勤勉な債権者を保護するという趣旨には合わないような気もします。

 他方,じゃあ残部は消滅時効にかかるとすると,若干可哀想な感もあります。特に,一般民事の事件では,消滅時効の起算点が明確なときが多いのですが,職務発明の対価請求訴訟では,会社側の発明規定などで,変わることもあり(その資料が会社側にあったりします。),起算点がいつか,訴訟前に確定的にわかることは実は少ないのです。
 本件でも,第一次訴訟で,地裁と高裁の判断が違ったのは,そういうところに理由があると思います。

 ま,と言っても,この論点,最高裁の揺るぎのない判断があり,決着はついていますけどね。最高裁昭和34年2月20日第二小法廷判決(民集13巻2号209頁)です。

 これによると,「一個の債権の数量的な一部についてのみ判決を求める旨明示して訴の提起があつた場合、訴提起による消滅時効中断の効力は、その一部の範囲においてのみ生じ残部におよばない。」となります。

 ですので,今回の最初の150万円の請求が,「一部についてのみ判決を求める旨明示して訴の提起があつた場合」に当たるのか否か,ということが問題になるわけです。仮に,当たるなら,時期的に,請求の拡張をしたのが起算点より10年過ぎていますので,残部は消滅時効でお陀仏になるのですね。

3 判旨
 「しかし,数量的に可分な債権の一部につき訴えを提起したとしても,当該訴訟においてその残部について権利を行使する意思を継続的に表示していると認められる場合には,請求されている金額についてその残部の訴訟物が分断されるものではなく,また,残部について催告が継続的にされていると認めることができるから,当該残部の債権についても消滅時効の進行が中断するものと解すべきである。そして,当該訴訟係属中に訴えの変更により残部について請求を拡張した場合には,消滅時効が確定的に中断する。
 本件において,原告は,訴状において,相当対価の総額として主張した約20億6300万円から既払額を控除した残額の一部として150万円及びこれに対する遅延損害金の支払を請求するとしつつ,「本件請求については時効の問題は生じないものと考えられるが,被告からいかなる主張がなされるか不明であるので,念のため,一部請求額を『150万円』として本訴を提起したものであり,原告は追って被告の時効の主張を見て請求額を拡張する予定である」と記載していたのであるから,本件訴訟で時機をみて残部についても権利を行使する意思を明示していたと認められる。したがって,当該残部の請求債権の消滅時効の進行は,遅くとも上記訴状を第1回口頭弁論期日において陳述した平成19年6月26日に催告によって中断し,この催告は原告の特段の主張がない限り本件訴訟の係属中継続していたと認めるべきところ,その後,平成21年8月17日に原告が訴えの変更により残部について請求を拡張したことにより,当該残部の請求債権の消滅時効は確定的に中断したものというべきである。」

4 検討
 何すか,これ。AかBかを聞かれてCではないと答える,そんな感じがしますね。

 ま,原告を救わないといけないという価値判断が先に立って,ちょっと強引な感じがします。だって,問題は,「一部についてのみ判決を求める旨明示して訴の提起があつた場合」に当たるかどうかだけです。

 本件の場合は,それには当たらない~,なぜなら,当該訴訟においてその残部について権利を行使する意思を継続的に表示している~ナンチャラカンチャラって言うならわかりますよ。でも,今回のこの知財高裁の規範は,最高裁の規範以外の新しい規範を作り出しているようにしか見えないからです。
 例えば,一部についてのみ判決を求める旨明示して訴の提起があつた場合でかつ当該訴訟においてその残部について権利を行使する意思を継続的に表示していると認められる場合もあると思うのですね(訴状には明示したが,その後の準備書面で主張を追加したような場合)。そんな場合,残部の時効は中断しないのでしょうか,それとも中断するのでしょうか。

 いや別に,新規範を作るのがいつも悪いわけではありません。新しい事象が出れば,新しい解釈が必要ですし,最高裁だって,従前の判例を変更する場合だってあります。でも,今回のこの知財高裁の規範,あまりに抽象的・一般的でよくわかりません。つまり,予見可能性がないのです。これはダメですね。

 ですので,もう上告ないし上告受理の申立てをしているとは思いますが,新しい規範を付け加えるのか,それとも,単に,一部についてのみ判決を求める旨明示した場合に当たらないだけなのか,是非はっきりさせて欲しいと思います。


 ところで,上の方で,ここで職務発明の事件を紹介するのは珍しいと書きました。
 それは,事件自体が少ないというのもあるのですが,職務発明の事件って,結局労働事件ですので,何かイマイチなんだよなあ~というのが大きいと思います。
 私は所詮理系,弁護士には向いていないタイプですので,技術内容がすげえ複雑で困難な事件だと非常に燃えますが,当事者間の対立がすげえ深くて困難な事件だと,ヤル気0ですね(例:離婚の事件など)。
 職務発明事件は,どっちかというと,私の苦手な分野,というわけです。


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