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知財,特に特許を中心とした事件を扱っている理系の弁護士の雑記帳です。知財の判決やトピックについてコメントしたいと思っております。
1 概要
 本件は,ピタバスタチンカルシウム塩の結晶及びその保存方法に関する2件の特許権(特許第5186108号:発明の名称「ピタバスタチンカルシウム塩の結晶」,特許第5267643号:発明の名称 「ピタバスタチンカルシウム塩の保存方法」)を有する原告(日産化学工業)が,被告(陽進堂)による原薬及び製剤(YD剤など)の使用・製造・販売等が上記各特許権の侵害に当たる旨主張して,特許法100条1項に基づきその差止めを求める特許権侵害訴訟の事案です。

 これに対して,東京地裁民事第46部(長谷川さんの合議体ですね。)は,原告の請求をいずれも棄却しました。ま,構成要件充足性がないってことですかね。

 最近の特許権侵害訴訟って,構成要件充足性で決着がつくことが多いのですが,ただ,単純な話ではなく,若干のひねりもあるため,このブログでも取り上げました。

 まずは,クレームからです(物の発明の方)。
A 式(1)で表される化合物であり,

 B 7~13%の水分を含み,
 C CuKα放射線を使用して測定するX線粉末解析において,4.96°,6.72°,9.08°,10.40°,10.88°13.20°,13.60°,13.96°,18.32°,20.68°,21.52°,23.64°,24.12°及び27.00°の回折角(2θ)にピークを有し,かつ,30.16°の回折角(2θ)に,20.68°の回折角(2θ)のピーク強度を100%とした場合の相対強度が25%より大きなピークを有することを特徴とする
 D ピタバスタチンカルシウム塩の結晶
 E (但し,示差走査熱量測定による融点95℃を有するものを除く)。

 すごい数値限定発明ですよね。何が凄いって,構成要件Cですよ。回折角の数値限定の対象が,15箇所もあります。しかも,その数値のいずれも,小数点下2桁まで,という極めて狭い範囲の限定をしております。

 ちょっとでも特許の実務をやっている人からすると,何これ?何か悪いもんでも食べた?ってな感じです。

2 問題点
 問題点は,構成要件充足性なのですが,ま,譬え話から行った方がわかりやすいですな。

 例えば,先般,特許を限定的に開示したトヨタの燃料電池車ですが,取り敢えず,こんなクレームの発明があったとします。

 「【仮想クレーム1】
 最高速度が200.00km/hでかつ,燃費が40.00km/lであることを特徴とする燃料電池車」

 どうですか,こんなクレームの特許。相手方から警告が来たら怖いですかね。
 たいてい,ゴメンゴメン,うちの車最高速度が201.07km/hなんですよ,しかも燃費も39.04km/lなんですよ~って言われてしまいますよね。

 全く怖くないです。つーか,相手の知財部どうかしたのかなあと,知財協での打ち合わせの際とかに,おたくの知財部何か変な人入れた?と逆に心配されてしまいます。

 まあ,数値限定発明って,ここでも散々説明しましたが,非常に特許出願の盛んな分野で,かつ数値を限定する以外に先行発明との差異が見つけられないような場合に行うものです。
 とは言え,限定に限定を重ねればそりゃ特許が取れるは当たり前ですので,ある程度の幅を持たせないといけません。

 ですので,仮想クレームも
「【仮想クレーム2】
 最高速度が150~250km/hの範囲内でかつ,燃費が35~45km/lの範囲内であることを特徴とする燃料電池車」
 というような幅を持たせないといけないわけですね。

 あと,文系の人にはピンと来ないと思いますが,有効数字もそれ自体幅のある話ですので,これも重要です。
 200と200.00は違うものですので。そういう話です。

 例えば,道路のスピード規制とかの,60km/h制限とかよくありますが,このときの60の意味の話ですね。
 6×10 
 6.0×10
 6.00×10 
 6.000×10
  このように表記するとバカでもわかるかな。
 一番上は,55~64くらいの幅があります。有効数字が1桁ですので。
 二番目は,59.5~60.4くらいの幅があります。有効数字が2桁ですので。
 三番目は,59.95~60.04くらいの幅があります。有効数字が3桁ですので。
 四番目は,59.995~60.004くらいの幅があります。有効数字が4桁ですので。

 まあ,ということで,ある程度の幅を持たせたいときは,有効数字は少ない方がいいわけですね。

 で,原告の特許を見てください。例えば,構成要件C中の23.64°の数字なんか,有効数字4桁ですよ。測定の丸みなどは,漸く5桁目からです。つまりは,23.635度~23.644度くらいの範囲で測定できないと,ダメってわけです。
 で,今回のこの数値って角度です。0~360度の範囲内しかありません。にも関わらず,小数点3桁目まで,つまりは1/1000度まで測らないと,構成要件充足性の有無を判断できないってわけです。

 それが,本件の特許,「,,,,,及び 」と14個のandで結ばれているわけです。しかもさらにandで,30.16°の回折角の要件まであります。いやあ,凄いですよ。

 つーか,こんなクレーム,構成要件充足性がある方が奇跡じゃん。わざとなの?

 実際,原告自身が5回測って,以下の結果しか得られてません。
 

 凄いですよねえ。むしろ,(ア)(ウ)(オ)の測定で複数個○があるのが信じられなーいって感じもするくらいのものです。

 で,裁判所がどう判断したかって?わかりきったことですけどね。

3 判旨
「ア 本件各発明の構成要件C・C’においては,発明の構成が15本のピークの小数点以下2桁の回折角により特定されており,その数値に一定の誤差が許容される旨の記載や,15本中の一部のピークのみの対比によって特定される旨の記載はない。
 また,上記認定の発明の詳細な説明の記載によれば,本件各発明は,ピタバスタチンカルシウム原薬に含まれる水分量を特定の範囲にコントロールすることでその安定性が格段に向上すること,及び,結晶形態A~Cの中で結晶形態Aが医薬品の原薬として最も好ましいことを見いだしたというものである。そして,結晶形態B及びCは,水分量が結晶形態Aと同等で,単に,CuKα放射線を使用して測定した粉末X線回折図で結晶形態Aに特徴的な3本のピークの回折角が存在しないことによって結晶形態Aと区別される結晶多形というのであるから,構成要件C・C’の小数点以下2桁の数値で表される15本のピーク中3本のみ相違することが,技術的範囲の属否を判別する根拠とされていることになる。
 さらに,本件明細書のその余の記載をみても,結晶形態Aは構成要件C・C’の回折角等の粉末X線回折パターンによって特徴付けられるという以上の特定がされておらず(段落【0008】,【0010】,【0016】,【0033】参照。本件保存方法特許の明細書についても同様である。甲2の1及び2),回折角に一定の誤差が許容されることなどをうかがわせる記載も見当たらない。
そうすると,本件各発明の技術的範囲に属するというためには構成要件C・C’の回折角の数値が15本全てのピークについて小数点第2位まで一致することを要するというべきである。
イ 上記アの解釈は,前記(1)イ~エの事実からも裏付けられる。
 すなわち,ピタバスタチンカルシウム塩の結晶形態には,本件明細書の結晶形態A~C及びチバ特許明細書の結晶多形A~F以外にも未知の結晶多形が存在し得るところ,粉末X線回折測定の回折角の数値により結晶形態を特定した医薬化合物の発明の特許出願には,ピークの回折角に±0.1°~0.2°の許容誤差を設けるものが多数存在し,結晶形態を特定するピークの本数も数本~十数本で特定するものなど多様であって,その技術的範囲が一定の許容誤差ないし一定のピーク本数によって判断されるとの技術常識は存在しないことがうかがわれるから,構成要件C・C’に記載された15本の数値のうち一部のみが一致し,又は一定の誤差の範囲で一致するにとどまる結晶がこれに含まれると解する場合には,本件各発明の技術的範囲への属否が一義的には定まらないこととなる。また,上記のように解すると,原告自身が本件各発明の技術的範囲に属しないことを認めている結晶形態までもがこれに属する結果になるなど(例えば,チバ特許明細書に記載の結晶形態Eは,構成要件C・C’に記載の15本のピークが全て±0.2°以内で一致する回折角を含んでいる。),不合理な結果となる。さらに,原告は,本件結晶特許の出願当初は1本のピークの回折角(許容誤差のない小数点以下2桁の数値)及び相対強度をもって発明を特定していたが,拒絶理由通知を受けて構成要件Cの回折角に係る補正をし,この補正が限定的減縮に当たる旨の意見を表明したのであるから,上記補正により,発明の技術的範囲を字義どおり小数点以下2桁の回折角の数値が15個全て一致する結晶に限定したとみるほかなく,このように解釈することが補正の趣旨に沿うものというべきである。
ウ 以上によれば,本件各発明の構成要件C・C’を充足するためには,15本のピークの全ての回折角の数値が小数点第2位まで一致することを要し,その全部又は一部が一致しないピタバスタチンカルシウム塩の結晶又はその保存方法はその技術的範囲に属するということができないものと解するのが相当である。
(3) これを被告原薬等についてみると,別紙原告測定結果の記載に被告の主張するような問題点がある(甲5,22,23,58等によっても,原告がピークに当たると主張する角度の測定値がノイズではなくピークと判別される根拠が必ずしも明らかではない部分がある。)ことをおいても,原告測定においては,15本全てのピークについて回折角の数値が小数点第2位まで一致するような測定結果は得られなかったというのである(前記前提事実(3)エ)。そして,原告が被告原薬等に含まれるとするピタバスタチンカルシウム塩における15本のピークの回折角は別紙物件目録記載1のとおりであり,うち12本は構成要件C・C’と相違している。そうすると,同目録記載の回折角自体から,被告原薬等は構成要件C・C’を充足しないと判断すべきことになる。」

4 検討
 見てのとおり,予想とおりの判決ですね。久々なんかわかりやすい構成要件の議論ですわ。
 ま,原告の方も,15本のピーク全部じゃなくある程度合致すればいいじゃん,その合致の仕方も小数点2桁なんてケチなこと言わねえでもっとゆるゆるでいいじゃん,ってなことは言っているのですね。

 でも,自分でこんな感じに補正したんだろ!そのときに限定だって言ってたろ,アホンダラ~♪ってな感じで,当然に排斥されております。まあ致し方ないですね。

 いやあ,この事例,色んな所で使えそうですね。セミナーとかで紹介されるのは必至と言えましょう。

5 追伸
 さて,誰も期待していない高血圧ボーイの散歩のコーナーです。
 
 本日で実質的に2月も終わりで,あとちょうど一ヶ月もすれば桜も咲くと思います。ですので,早過ぎる花見ということで,目黒川沿いの桜を見に行きました。
 
 そうすると案の定,写真のごとく,全く花らしきものはありません。まあでもよく見るとつぼみはありますので,これが今後1ヶ月で見事に咲くというわけです。

 自然のものって凄いなあって感じですね。
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理論物理学者を志望したのはもう30年近く前のこと。某メーカーエンジニアを経て,弁理士に。今は,弁護士です。
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