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知財,特に特許を中心とした事件を扱っている理系の弁護土の雑記帳です。知財の判決やトピックについてコメントしたいと思っております。
1 概要
 本件は,被上告人(無効審判請求人,原告)が,ヒトにおけるアレルギー性眼疾患を処置するための点眼剤に係る特許(特許第3068858号)につき,その特許権を共有する上告人らを被請求人として特許無効審判を請求したところ,同請求は成り立たない旨の審決を受けたため,同審決の取消しを求めて,知財高裁に出訴したところ,知財高裁は審決を取消したため,これに不服の被請求人(被告,特許権者)が,上告受理申立てをした事件です(行ヒというのは,行政の上告受理事件です。)。

 論点は,本件特許に係る発明の進歩性の有無に関し,当該発明が予測できない顕著な効果を有するか否かが争われているとのことです。

 何だか懐かしい感じがします。
 このブログではもうマジ判例は扱わないのですけど,最高裁は例外ってところです。

 さて,まずはクレームからです。
【請求項1】ヒトにおけるアレルギー性眼疾患を処置するための局所投与可能な,点眼剤として調製された眼科用ヒト結膜肥満細胞安定化剤であって,治療的有効量の11-(3-ジメチルアミノプロピリデン)-6,11-ジヒドロジベンズ[b,e]オキセピン-2-酢酸またはその薬学的に受容可能な塩を含有する,ヒト結膜肥満細胞安定化剤。

 進歩性ですので,一致点・相違点です。
ア  本件発明1と引用発明1との相違点
(ア)  相違点1
 アレルギー性眼疾患について,本件発明1では「ヒトにおける」と特定されているのに対し,引用発明1ではそのような特定がない点。
(イ)  相違点2
 眼科用組成物(剤)について,本件発明1では「眼科用ヒト結膜肥満細胞安定化剤」と特定されているのに対し,引用発明1ではそのような特定がない点。
(ウ)  相違点3
 本件発明1では「点眼剤として調製された」ことが特定されているのに対し,引用発明1ではそのような特定がない点。

 まあ上記の論点のとおり,引例との大しての差はありません。

 しかし,特許庁の無効審判合議体では,「甲3、甲1(甲2の1及び甲2の2を参酌)、甲4及び本件優先日当時の技術常識から、本件訂正発明1及び2を得ることが容易想到であるとはいえず、仮に容易想到であるとしても、本件訂正発明1及び2はいずれも、甲3発明と比較した有利な効果を奏するものである。」と判断したのですね。

 で,原審である知財高裁(4部時代の高部さんの合議体です。平成29(行ケ)10003号,平成29年11月21日判決。)はどう判断したかというと,
以上のとおり,本件特許の優先日において,化合物A以外に,ヒト結膜肥満細胞からのヒスタミン放出に対する高い抑制効果を示す化合物が存在することが知られていたことなどの諸事情を考慮すると,本件明細書に記載された,本件発明1に係る化合物Aを含むヒト結膜肥満細胞安定化剤のヒスタミン遊離抑制効果が,当業者にとって当時の技術水準を参酌した上で予測することができる範囲を超えた顕著なものであるということはできない。なお,本件発明1の顕著な効果の有無を判断する際に,甲39の内容を参酌することができないことについては,前記イのとおりであるが,仮にその内容を参酌したとしても,上記のとおり,本件特許の優先日において,化合物A以外に,高いヒスタミン放出阻害率を示す化合物が複数存在し,その中には2.5倍から10倍程度の濃度範囲にわたって高いヒスタミン放出阻害効果を維持する化合物も存在したことを考慮すると,甲39に記載された,本件発明1に係る化合物Aを含むヒト結膜肥満細胞安定化剤のヒスタミン遊離抑制効果が,当業者にとって当時の技術水準を参酌した上で予測することができる範囲を超えた顕著なものであるということもできない。 」です。

 つまり,違う系列なんだけど,同程度の作用効果を齎す化合物は知られてたんだから,それで予測を超えた顕著な効果なんて,そりゃちょっとがめついんじゃねえの,ってところです。

 つーことで,上告受理申立てがされたわけですね。

2 問題点
 論点は,上記のとおり,進歩性の論点に関し,予測できない顕著な効果を有するか否か,という端的なものです。

 さて,進歩性(非自明性か)における作用効果って,通常はそんな重視はされません。だって,発明の差異って,普通は構成の違いですからね。
 他方,作用効果って,内在的なものですので,たちどころにその違いが分かるってもんじゃないですから~。

 なので,数値限定発明などでは,数値以外の構成での差があんまりないので,代わりにその数値範囲での臨界的意義(つまり作用効果)が重視される~なんてなるわけです。

 ということで,作用効果が論点に上がってくるということは,もう土俵いっぱい,俵に足がかかってるってことでもあります。

 しかし,今回の薬の分野が典型ですが,化学系ってちょっとの違いがすごい差になることが往々にしてあります。
 例えば,メチルアルコールとエチルアルコール,C(炭素)の数が1と2で違うだけ,両方とも二重結合も三重結合もない,同一系列と言って良いアルコール類ですけど,飲んでいいのは,エチルアルコールの方です(まあ100%は無理ですけど。)。

 なので,化学系の進歩性の判断のときは,作用効果まで考えないといけないってえのはこりゃ常識です。

 例えば,今の審査基準だと,
3.2.1  引用発明と比較した有利な効果     
引用発明と比較した有利な効果は、進歩性が肯定される方向に働く要素である。このような効果が明細書、特許請求の範囲又は図面の記載から明確に把握 される場合は、審査官は、進歩性が肯定される方向に働く事情として、これを参酌する。ここで、引用発明と比較した有利な効果とは、発明特定事項によって奏される効果(特有の効果)のうち、引用発明の効果と比較して有利なものをいう。」とあります。

 なので,特許庁の合議体としては,いやいやいや,きちんとこのとおりにやってまっせ~というところだったんでしょうね。

 でも,高部さんの合議体としては,いやいやいや,違う系列とは言え,似たようなやつで同じような効果でるじゃん!それで顕著な効果なんて,ぼり過ぎでっせお宅,っつわけです。

 さあ最高裁はどう判断したのでしょうね。

3 判旨
「 上記事実関係等によれば,本件他の各化合物は,本件化合物と同種の効果であるヒスタミン遊離抑制効果を有するものの,いずれも本件化合物とは構造の異なる化合物であって,引用発明1に係るものではなく,引用例2との関連もうかがわれない。そして,引用例1及び引用例2には,本件化合物がヒト結膜肥満細胞からのヒスタミン遊離抑制作用を有するか否か及び同作用を有する場合にどの程度の効果を示すのかについての記載はない。このような事情の下では,本件化合物と同等の効果を有する本件他の各化合物が存在することが優先日当時知られていたということから直ちに,当業者が本件各発明の効果の程度を予測することができたということはできず,また,本件各発明の効果が化合物の医薬用途に係るものであることをも考慮すると,本件化合物と同等の効果を有する化合物ではあるが構造を異にする本件他の各化合物が存在することが優先日当時知られていたということのみをもって,本件各発明の効果の程度が,本件各発明の構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであることを否定することもできないというべきである。
  しかるに,原審は,本件他の各化合物が存在することが優先日当時知られていたということ以外に考慮すべきとする諸事情の具体的な内容を明らかにしておらず,その他,本件他の各化合物の効果の程度をもって本件化合物の効果の程度を推認できるとする事情等は何ら認定していない。
  そうすると,原審は,結局のところ,本件各発明の効果,取り分けその程度が,予測できない顕著なものであるかについて,優先日当時本件各発明の構成が奏するものとして当業者が予測することができなかったものか否か,当該構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであるか否かという観点から十分に検討することなく,本件化合物を本件各発明に係る用途に適用することを容易に想到することができたことを前提として,本件化合物と同等の効果を有する本件他の各化合物が存在することが優先日当時知られていたということのみから直ちに,本件各発明の効果が予測できない顕著なものであることを否定して本件審決を取り消したものとみるほかなく,このような原審の判断には,法令の解釈適用を誤った違法があるといわざるを得ない。
  5  以上によれば,原審の上記判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は,この趣旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,本件各発明についての予測できない顕著な効果の有無等につき更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。 」

4 検討
 まあ薬に限った話かもしれませんが,同様の作用効果を有する違う系列の物が知られているからという理由だけでは,顕著で有利な効果の否定はできない,ってことでしょうか。

 なので,判決の射程としては,狭いものかもしれません。

 だけど,最高裁の判決には重要なポイントもあります。
 まず,最高裁が認定した本件発明の効果は,明細書に記載のある効果だけです。つまり,後付けのものを考慮等したわけではないと思います,基本。
 ということは,明細書作成時に,やはり十分作用効果を記載する必要がある,ってことです。これは,アメリカの特許の実務を考えるとちょっと本当に危なくねえのかよ,って声が上がってきそうですけど,まあ少なくとも日本の特許実務はこうなのですから,ってことですね。

 薬をはじめとする化学系の明細書を書く弁理士は今まで以上の注意が必要です(逆転で進歩性ありの可能性があるのだから。)。と言っても,発明者からのきちんとしたデータが出ないことにはどうしようもないとは思いますけどね。
 
 じゃあ化学系以外の技術分野はどうかというと,構成に大した差が無かったり,組み合わせに動機付けがありそうな発明(特にビジネスモデル系のソフトウエアの発明ではあり得ると思います。)に関しては,何か面白い作用効果を書いてみると良かったりするかもしれません。
 ラジカセみたいな発明が典型でしょうか。

 つぎに気になったのは,最高裁は,ちゃんと「進歩性」って書いているってことです。
 「容易想到性」じゃありませんからね。
 これねえ,最高裁の論理に従うと,容易想到性って言っちゃうと,効果の判断等が漏れちゃうのですね。

 つまり,最高裁は,
 進歩性の判断=容易想到性の判断+顕著で有利な効果の判断+その他の判断
 という枠組みを取っているといえると思います。

 なので,特許法29条2項の特許要件の呼び方としては,「進歩性」でいいのだ!ということになると思います。
 
 なかなか面白い判決だったと思います。
 久々の特許の最高裁の判決ですし,化学系じゃない実務家の人も,読んで損はないと思いますよ。

 
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