忍者ブログ
知財,特に特許を中心とした事件を扱っている理系の弁護士の雑記帳です。知財の判決やトピックについてコメントしたいと思っております。
1 概要
 本件は, ハワイに在住するクムフラ(フラダンスの師匠ないし指導者)である原告が,従前,フラダンス教室事業を営む被告と契約を締結し,被告ないし被告が実質的に運営する九州ハワイアン協会(KHA)やその会員に対するフラダンス等の指導助言を行っていたが,両者の契約関係は解消された結果,原告が,被告に対して,被告が,被告の会員に対してフラダンスを指導し,又はフラダンスを上演する各施設において,別紙振付け目録記載の各振付けを被告代表者自らが上演し,会員等に上演させる行為が,原告が有する本件各振付けについての著作権(上演権)を侵害すると主張して,被告に対し,著作権法112条1項に基づき,本件各振付けの上演の差止め等を請求する事案です。

 これに対して,大阪地裁第26民事部(高松さんの合議体ですね。)は,請求の一部,つまり一部の振付けの差止を認めました。

 おお,何だか久々判決の紹介~。しかも結構まじめ系ですね。
 後継ブログかどっちかにしようか迷いましたが,マニアックではない一般向け~かなあって所で,こっちにしました。

2 問題点
 問題点は,単純です。
 フラダンスに著作物性があるかどうか?ってことです。

 あ,フラダンスというと,ボリショイ大サーカスとか,頭痛が痛いとか,同じ意味の言葉を二回使ってんじゃんと思うのですけど,ま,判決に従います~。

 踊り系の有名な判決だと,Shall weダンス事件があります。
 これは東京地裁平成 20 年(ワ)第9300 号(平成 24年2月28 日判決)で,その有名な映画のダンスシーンの振付けをした振付け師が,何故か映画会社等を訴えた事件です(パッケージソフトやテレビ放映されたのが気に入らなかったようです。)。

 この事件は,以下のように判示されました。
「社交 ダンス が,原則 として ,基本 ステップ やPV のステップ 等の既存 の ステップ を自由 に組み合わせて 踊られる ものである ことは 前記(1)アのと おりであ り,基本 ステップ やPV のステップ 等の既存 のステップ は,ごく 短いもので あり ,かつ ,社交 ダンス で一般的 に用いられるごくありふれた ものであるから ,これらに 著作物性 は認められない 。また ,基本 ステップ の諸要素 にアレンジ を加えることも 一般的 に行われていることであり ,前 記のとおり 基本 ステップ がご く短いものでありふれたものであるといえる ことに 照らすと ,基本 ステップ にアレンジ を加えた としても ,アレンジ の 対象 となった 基本 ステップ を認識 することができるようなものは ,基本 ス テップ の範ちゅうに 属するありふれたものとして 著作物性 は認められない 。 社交 ダンス の振り付けにおいて ,既存 のステップ にはない 新たな ステップや身体 の動きを 取り入れることがあることは 前記 (1)アのとおりであるが , このような 新しい ステップ や身体 の動きは ,既存 のステップ と組み合わさ れて 社交 ダンス の振り付け全体 を構成 する 一部分 となる 短いものにとどま ると いうことができる 。このような 短い身体 の動き自体 に著作物性 を認め, 特定 の者にその 独占 を認めることは ,本来自由 であるべき 人の身体 の動き を過度 に制約 することになりかねず ,妥当 でない 。 
 以上 によれば ,社交 ダンス の振り付けを 構成 する 要素 である 個々のステ ップ や身体 の動き自体 には,著作物性 は認められない というべきである 。       
イ  前記 (1)アのとおり ,社交 ダンス の振り付けとは ,基本 ステップ やPV のステップ 等の既存 のステップ を組み合わせ ,これに 適宜 アレンジ を加え るなどして 一つの 流れのある ダンス を作り出すことである 。このよ うな 既 存のステップ の組合 せを 基本 とする 社交 ダンス の振り付けが 著作物 に該当 するというため には ,それが 単なる 既存 のステップ の組合 せにとどまらな い顕著 な特徴 を有するといった 独創性 を備えることが 必要 であ ると解する のが 相当 である 。なぜなら ,社交 ダンス は,そもそも 既存 のステップ を適 宜自由 に組み合わせて 踊られ ることが 前提 とされている もの であり ,競技 者のみならず 一般 の愛好家 にも 広く踊られていることにかんがみると ,振 り付けについての 独創性 を緩和 し,組合 せに 何らかの 特徴 があれば 著作物 性が認められるとすると ,わずかな 差異 を有するにすぎない 無数 の振り付 けについて 著作権 が成立 し,特定 の者の独占 が許されることになる 結果 , 振り付けの 自由度 が過度 に制約 されることになりかねないからである 。こ のことは ,既存 のステップ の組合 せに加えて ,アレンジ を加えた ステップ や,既存 のステップ にはない 新たな ステップ や身体 の動きを 組み合わせた 場合 であっても 同様 であるというべきである 。」

 なかなか厳しい感じです。

 知財高裁でもファッションショー事件というのがあります。
 知財高裁平成25(ネ)10068号(平成26年8月28日 判決)です。これは,ファッションショーの主催者が,その模様を放送したNHK等を訴えた事件ですね。この事件も様々論点があるのですが,モデルのポージングについては以下のとおりの判示です。
「各モデルの上記ポーズ又は動作は, そもそも応用美術の問題ではなく, ファッションショーにおけるポーズ又は動作が著作物として保護される かどうかとの問題である。しかし,これらのポーズ又は動作は, ファッ ションショ ーにおけるモデルのポーズ又は動作として特段目新しいもの ではないというべきであり,上記ポーズ又は動作において,作成者の個 性が表現として表れているものとは認められない。したがって,これら のポーズ又は動作の振り付けに著作物性は認められない 。また , 同様の 理由で, これを舞踊の著作物と解することもできない 」

 著作権については,これ!という中山先生の「著作権法」第2版(有斐閣)のp89には,「社交ダンスのように,既存のステップの組み合わせがおおいようなジャンルの舞踏については,著作権を認めると他の者の行動を縛ることにもなりかねないので注意すべきであるが,これは舞踏の問題というよりは,創作性一般の問題である。」と書かれています。

 ということですので,基本難しい~わけです。特に,Shall weダンス事件からすると,顕著な特徴という,普通よりもハードルが高い基準をクリアしないと,舞踏系の著作物性は認められないんじゃないの?という見方もあったわけです。

 ですので,報道で,フラダンスに著作権!が,とされたとき,一般の人も驚いたし,知財系の人々も驚いたわけですね。

 で,今般,漸く,判決の公開がされたのです。

3 判旨
「ア  著作権法10条1項3号は「舞踊の著作物」を著作物の例示として挙げており,これは,人の身体の動作の型を振付けとして表現するものである。そして,これについては,それを公衆に直接見せることを目的として上演する権利(上演権)が著作権の支分権として定められている(同法22条)  
イ  ハワイの民族舞踊のことをフラないしフラダンスというが,フラには古典フラと現代フラがあり,古典フラが,大昔からハワイ人の歴史の中でそれぞれの流派に大切に守られ受け継がれてきた詠唱(オリ)と踊り(フラ)から成るのに対し,現代フラは,19世紀以降に西洋文明の影響を受けてメロディーを取り入れて作り出され,いわゆるハワイアン音楽と共に発展したものである。本件で問題とな っているのは現代フラであるが,現代フラでは,師匠であるクムフラ(クム)が自ら楽曲に振付けをして,自らの教室(ハーラウ)の生徒に教えている。(以上につき甲14[クムフラの陳述書])
 そして,ハワイの民族舞踊であるフラダンスの特殊性は,楽曲の意味をハンドモーション等を用いて表現することにあり(甲14),フラダンスの入門書においても,フラは歌詞をボディランゲージで表現する(乙3)とか,ハンドモーションで歌詞の意味を表現し,ステップでリズムをとりながら流れを作るというのがフラの基本である(乙5)とされている。すなわち,フラダンスの振付けは,ハンドモーションとステップから構成されるところ,このうちハンドモーションについては,特定の言葉に対応する動作(一つとは限らない)が決まっており,このことから,入門書では,フラでは手の動きには一つ一つ意味がある(乙3)とか,ハンドモーションはいわば手話のようなもので,手を中心に上半身を使って,歌詞の意味を表現する(乙5)とされている。他方,ステップについては,典型的なものが存在しており(乙3ないし6の入門書では合計16種類が紹介されている。),入門書では,覚えたら自由に組み合わせて自分のスタイルを作ることができる(乙3)とされている。  
ウ  これらのフラダンスの特徴からすると,特定の楽曲の振付けにおいて,各歌詞に対応する箇所で,当該歌詞から想定されるハンドモーションがとられているにすぎない場合には,既定のハンドモーションを歌詞に合わせて当てはめたにすぎないから,その箇所の振付けを作者の個性の表れと認めることはできない。
 また,フラダンスのハンドモーションが歌詞を表現するものであることからする と,ある歌詞部分の振付けについて,既定のハンドモーションどおりの動作がとられていない場合や,決まったハンドモーションがない場合であっても,同じ楽曲又は他の楽曲での同様の歌詞部分について他の振付けでとられている動作と同じものである場合には,同様の歌詞の表現として同様の振付けがされた例が他にあるのであるから,当該歌詞の表現として同様の動作をとることについて,作者の個性が表 れていると認めることはできない。
 さらに,ある歌詞部分の振付けが,既定のハンドモーションや他の類例と差異があるものであっても,それらとの差異が動作の細かな部分や目立たない部分での差異にすぎない場合には,観衆から見た踊りの印象への影響が小さい上,他の振付けとの境界も明確でないから,そのような差異をもって作者の個性の表れと認めることは相当でない。また,既定のハンドモーションや他の類例との差異が,例えば動作を行うのが片手か両手かとか,左右いずれの手で行うかなど,ありふれた変更にすぎない場合にも,それを作者の個性の表れと認めることはできない。
 もっとも,一つの歌詞に対応するハンドモーションや類例の動作が複数存する場合には,その中から特定の動作を選択して振付けを作ることになり,歌詞部分ごとにそのような選択が累積した結果,踊り全体のハンドモーションの組合せが,他の類例に見られないものとなる場合もあり得る。そして,フラダンスの作者は,前後のつながりや身体動作のメリハリ,流麗さ等の舞踊的効果を考慮して,各動作の組合せを工夫すると考えられる。しかし,その場合であっても,それらのハンドモーションが既存の限られたものと同一であるか又は有意な差異がなく,その意味でそれらの限られた中から選択されたにすぎないと評価し得る場合には,その選択の組合せを作者の個性の表れと認めることはできないし,配列についても,歌詞の順によるのであるから,同様に作者の個性の表れと認めることはできない。
    エ  他方,上記で述べたのと異なり,ある歌詞に対応する振付けの動作が,歌詞から想定される既定のハンドモーションでも,他の類例に見られるものでも,それらと有意な差異がないものでもない場合には,その動作は,当該歌詞部分の振付けの動作として,当該振付けに独自のものであるか又は既存の動作に有意なアレンジを加えたものいうことができるから,作者の個性が表れていると認めるのが相当である
 もっとも,そのような動作も,フラダンス一般の振付けの動作として,さらには舞踊一般の振付けの動作として見れば,ありふれたものである場合もあり得る。そして,被告は,そのような場合にはその動作はありふれたものであると主張する。
 しかし,フラダンスのハンドモーションが歌詞を表現するものであることからすると,たとえ動作自体はありふれたものであったとしても,それを当該歌詞の箇所に振り付けることが他に見られないのであれば,当該歌詞の表現として作者の個性が表れていると認めるのが相当であり,このように解しても,特定の楽曲の特定の歌詞を離れて動作自体に作者の個性を認めるものではないから,個性の発現と認める範囲が不当に拡がることはないと考えられる。
    オ  ところで,フラダンスのハンドモーションが歌詞を表現するものであることからすると,歌詞に動作を振り付けるに当たっては,歌詞の意味を解釈することが前提になり,普通は言葉の通常の意味に従って解釈すると思われるが,作者によっては,歌詞に言葉の通常の意味を離れた独自の解釈を施した上で振付けの動作を作ることもあり得る。そして,原告は,その場合には解釈の独自性自体に作者の個性を認めるべきであると主張する趣旨のように思われる。しかし,著作権法は具体的な表現の創作性を保護するものであるから,解釈が独自であっても,その結果としての具体的な振付けの動作が上記ウで述べたようなものである場合には,やはりその振付けの動作を作者の個性の表れと認めることはできない。 
 他方,被告は,たとえ歌詞の解釈が独自であり,そのために振付けの動作が他と異なるものとなっているとしても,当該解釈の下では当該振付けとすることがありふれている場合には,当該振付けを著作権法の保護の対象とすることは結局楽曲の歌詞の解釈を保護の対象とすることにほかならず許されないと主張する。しかし,歌詞の解釈が独自であり,そのために振付けの動作が他と異なるものとなっている場合には,そのような振付けの動作に至る契機が他の作者には存しないのであるから,当該歌詞部分に当該動作を振り付けたことについて,作者の個性が表れていると認めるのが相当である。そして,このように解しても,個性の表れと認めるのは飽くまで具体的表現である振付けの動作であって,同様の解釈の下に他の動作を振り付けることは妨げられないのであるから,解釈自体を独占させることにはならな い。
 これに対し,歌詞の解釈が言葉の通常の意味からは外れるものの,同様の解釈の下に動作を振り付けている例が他に見られる場合には,そのような解釈の下に動作を振り付ける契機は他の作者にもあったのであるから,当該解釈の下では当該振付けとすることがありふれている場合には,当該歌詞部分に当該動作を振り付けたことについて,作者の個性が表れていると認めることはできない。 
    カ  以上のハンドモーションに対し,ステップについては,上記のとおり典型的なものが存在しており,入門書でも,覚えたら自由に組み合わせて自分のスタイルを作ることができるとされているとおり,これによって歌詞を表現するものでもないから,曲想や舞踊的効果を考慮して適宜選択して組み合わせるものと考えられ,その選択の幅もさして広いものではない。そうすると,ステップについては,基本的にありふれた選択と組合せにすぎないというべきであり,そこに作者の個性が表れていると認めることはできない。しかし,ステップが既存のものと顕著に異なる新規なものである場合には,ステップ自体の表現に作者の個性が表れていると認めるべきである(なお,ステップが何らかの点で既存のものと差異があるというだけで作者の個性を認めると,僅かに異なるだけで個性が認められるステップが乱立することになり,フラダンスの上演に支障を生じかねないから,ステップ自体に作者の個性を認めるためには,既存のものと顕著に異なることを要すると解するのが相当である。)。また,ハンドモーションにステップを組み合わせることにより,歌詞の表現を顕著に増幅したり,舞踊的効果を顕著に高めたりしていると認められる場合には,ハンドモーションとステップを一体のものとして,当該振付けの動作に作者の個性が表れていると認めるのが相当である。
    キ  以上のようにして,特定の歌詞部分の振付けの動作に作者の個性が表れているとしても,それらの歌詞部分の長さは長くても数秒間程度のものにすぎず,そのような一瞬の動作のみで舞踊が成立するものではないから,被告が主張するとおり,特定の歌詞部分の振付けの動作に個別に舞踊の著作物性を認めることはでき ない。しかし,楽曲の振付けとしてのフラダンスは,そのような作者の個性が表れている部分やそうとは認められない部分が相俟った一連の流れとして成立するものであるから,そのようなひとまとまりとしての動作の流れを対象とする場合には,舞踊として成立するものであり,その中で,作者の個性が表れている部分が一定程度にわたる場合には,そのひとまとまりの流れの全体について舞踊の著作物性を認めるのが相当である。そして,本件では,原告は,楽曲に対する振付けの全体としての著作物性を主張しているから,以上のことを振付け全体を対象として検討すべきである。
 そしてまた,このような見地からすれば,フラダンスに舞踊の著作物性が認められる場合に,その侵害が認められるためには,侵害対象とされたひとまとまりの上演内容に,作者の個性が認められる特定の歌詞対応部分の振付けの動作が含まれることが必要なことは当然であるが,それだけでは足りず,作者の個性が表れているとはいえない部分も含めて,当該ひとまとまりの上演内容について,当該フラダンスの一連の流れの動作たる舞踊としての特徴が感得されることを要すると解するのが相当である。
    ク  以上の考え方の下に,本件振付け6等の著作物性について個別に検討す る(なお,上記のとおりステップについては基本的に作者の個性が認められないから,特に検討を要する場合に限り言及することとする。)。

    (2) 本件振付け6,11,13,15ないし17ごとの検討
      ア  本件振付け6(楽曲:E Pili Mai)
 (ア)‘Auhea wale ana‘oe 
          a  ‘Auheaは「どこに」,‘oeは,「あなた」の意味であり(乙54),原告は,これを「あなたは何処にいるの」と訳している。
b  本件振付け6では,大きく分けて,①右腕を,掌を下に向け額の前にかざし,わきを開いて左肘を曲げて胸の前に持ち上げて水平に置き,体の向きを左前から右前に動かし,このときステップは,右足と左足を交互に2歩ずつ右へ踏み出し移動する,②次に,左腕を伸ばし,右肘を少し曲げて,両手を胸の高さで掌を同じ向き(前面やや下向き)に揃え,体の向きを右前から左前に動かす,という2つのパートからなる動作をしている。
 これらの動作について,原告は,体の向きとともに両腕を左へと動かす動作は「あなたはどこにいるのか?」という意味を表していると主張する。
 まず,①の動作について見ると,‘Auhea(どこに)に対応するハンドモーション  は片手を額の前にかざすとされており(乙26),乙12の振付けも,片手を額の前にかざしている。もっとも,①の動作は,額の前にかざさない方の手も曲げて胸の前に置いているのに対し,乙12や乙26では伸ばしている点が異なるが,片腕だけ曲げるところを両腕とも曲げることにするのはありふれた変更にすぎないから,これを有意な差異ということはできない。 
 次に,②の動作について見ると,‘oe(あなた)のハンドモーションは,目の前にいる相手を片手の指先又は掌で指すものである(乙3,4)から,②の動作は,これを体の向きを変えつつ行うものであるが,その点も含めて甲25の左下及び右下の振付けと同様のものである。
        c  したがって,ここの歌詞に対応する振付けは,原告の個性が表れているとは評価できない。
・・・・
 (ウ) Pō anu ho‘okahi no au  15
          a  Pōは「夜」,anuは「寒い」,ho‘okahiは「ただ一人の」,auは「私」の意味であり(乙54,3),原告は,これを「夜は寒く  私は一人」と訳している。
b  本件振付け6では,大きく分けて,①両手の掌を下に返して右肘を少し曲げ,そのまま両腕を下ろしながら胸の高さまで持って行き,胸の前で体に沿うように両腕を交差させて両手の掌を内側に向け,一連の動作は右に270度ターンするステップの中で行われる,②次に,ターンにより左斜め後ろを向いたまま,両腕を伸ばしきるまで下ろしながら左斜め後ろへ左足右足を交互に2歩ずつ前進する,という2つのパートからなる動作をしている。
  まず,①の動作についてみると,原告は,右回りに回転しながら両腕を下ろし胸 の前で交差させることで,暗い夜が続き,暗く寒くなっていることを表していると主張する。この点,甲25の他の振付け及び乙12の他の振付けはいずれも,手の動きについては本件振付け6と同様の動きをしているものの,その際にターンするものはない。ターンは通常のステップの一種ではある(乙5のスピンターン)が,「夜」や「寒い」といった静的な歌詞からターンすることはが通常想定されない上,両腕を降ろしながらターンすることによって体全体の躍動感を高めていることから なお有意な差異があるというべきである。これに対し,被告は,手の動作が既存のハンドモーションであり,足の動作が既存のステップであり,これらを組み合わせた動作はありふれたものであると主張するが,上記のとおり採用できない。
  次に,②の動作について見ると,原告は,聴衆と反対(後ろ)に向かって歩いていくことで彼が孤独であることを表し,両腕を下ろすことで抱きしめる者がおらず一人で寒い夜を過ごしていることを表していると主張する。そして,この動作は,ここでの歌詞から想定されるものでない上,これと同様の動作を行っている類例は認められないから,本件振付け6独自のものであると認められる。これに対し,被告は,このような動作があらゆる舞踊においてありふれた動作であることを指摘するが,こうした被告の主張が採用できないことは,上記(1)エのとおりである。  
          c  したがって,ここの歌詞に対応する振付けは,原告の個性が表現されていると評価できる。
・・・・
(セ) 小括
  以上のとおり,本件振付け6には,完全に独自な振付けが見られる(上記(ウ)②,(キ)①〔及び(サ)〕)だけでなく,他の振付けとは有意に異なるアレンジが全体に散りばめられている(上記(ウ)①,(カ),(ク)①,(コ)①〔及び(サ)〕)から,全体として見た場合に原告の個性が表現されており,全体としての著作物性を認めるのが相当である。 」

4 検討
 重要なので,長く引用しました。
 規範の所で重要なのは,きちんとフラの構造を確認しているということです。

 私は,引き込もり体質な上,飛行機が嫌いですので,ほとんど旅行には行かないのですけど,サーフィンする以上,ハワイには結構行きました~。そうですね~,10回弱は行っていると思います(ほとんどがソニーでのエンジニア時代)。ロイヤルハワイアンショッピングセンターの前なんかで,無料のフラがしょっちゅう催されてましたもんね。
 なので,フラの意味,手話のような踊りということも知っていました(あと知り合いにフラの先生も居たりします~。)。

 ですので,上記のように分析的に考えるというのは評価できますね。
 つまり,手話的な表現を越えた部分には,個性の発露があるだろう,これがハンドモーション,手の部分ですね。
 他方,足の部分,ステップについては,まあリズムに合わせてるだけなんだから,個性の発露はないんじゃないの~って感じです。

 私が気になったのは,なぜクムフラがこの九州の団体を訴えたんだろう?ってことですが,経緯を見ると,従前は,仲良くクムフラがこの団体に来てフラを教授したり,団体主催のイベントにも来ていたらしいです。
 ですが,団体のトップが亡くなり新しいトップとはなかなか従前のように上手くはいかなかった~そこに諍いの種があったようですね。

 ま,経営陣が一新されると,旧経営陣と違う何か新しいことをやりたくもなります。ですが,一番の根っこというか枢要な部分を取り替えるというのであれば,慎重にも慎重でやらないといけません。新経営陣は,そこの所をちょっと焦ったのではないかという気がしますね。
 なので,和解の道もあるように思えます。
PR
1 本日は,お休みの日。基本勤め人の暇つぶしであるこのブログに訪れる人はそう多くありません。しかも今日は結構いい天気になりました~。家族サービスのグッドタイミングです~。
 
 なので,こんな日に更新してもアレなのですけど,どうも,看過できないことがあって更新という次第です(私は知財オタク,特許オタクなので~。趣味と実益を兼ねて休みの日でもいろんな所に目を通しております。)。

 これは日経電子版でも見れる「建物にも著作権 撮影した写真をSNSに載せて大丈夫?」という記事です。

 その記事で,「そこで著作権法では、建築の著作物に関して、撮影やWebサイトへのアップロードなどを認めている。」というのはいいのですが,結論が明らかに間違っています。

 「Q.建物にも著作権があると聞いた。写真をSNSに載せても大丈夫?
    A.商用利用でない限り掲載してよい
ただし、専ら販売する目的での複製や複製物の販売など、営利目的の使用は適用外。

 まあ著作権法って難しいのですが,条文読んだ?って所です。
 建築の利用に関する著作権法の条文は,46条です。

 「(公開の美術の著作物等の利用)
第四十六条  美術の著作物でその原作品が前条第二項に規定する屋外の場所に恒常的に設置されているもの又は建築の著作物は、次に掲げる場合を除き、いずれの方法によるかを問わず、利用することができる。
・・・
二  建築の著作物を建築により複製し、又はその複製物の譲渡により公衆に提供する場合

 著作権法をちゃんと知っている人からすると,ああ,これか~イロハのイではあるけど,結構見逃す所だよね~やっちまったなぁ~って所でしょうか。

 要するに,「いずれの方法によるかを問わず」ってあるんだから,商用利用,営利目的,全然OK!許諾なんて要りません!が正解です。

 もちろん,この記事の例に出たスカイツリーだと,許諾を取らないといけない場合もあるとは思いますが,それは著作権法上の話ではなく,商標権の方ですね。立体商標があるのです(5476769号)。
 だけど,商標的使用じゃない所まで立ち入る権利はありませんからね。

 なので,久々見た大間違い,大失敗の巻でした~。
 で,一番恥ずかしいのは,この記事の監修で名前の出ている西村あさひ法律事務所ですね。
 渉外事務所って,もともと知財って弱いですが,ここの所,辞めた知財高裁の裁判官やら,ブティック系からヘッドハンティングしたベテランやらを入れて戦力強化に余念がありません。でも,この程度~♪なんでしょう。ま,西村あさひ事件を起こした所ですもんね。イヒヒヒ。

2 せっかくですので,別の話題も~。
(1)先週金曜,弁理士会の派閥連合である日本弁理士クラブから小冊子が届きました。
 そう,弁理士会の会長の改選の時期なのですね,今。

 なので,日本弁理士クラブは,自分の推薦する候補者の小冊子を送ってきたというわけです。
 候補者は,清水善広さんでした。

 おお,じゃあ対抗の弁理士連合クラブは誰を推薦してんじゃろ??,そういえば,弁理士会から候補者のハガキが届いてたわ~,うん,これこれ~と見ると・・・。

 あら~候補者一人しか居ねえじゃん!,しかも副会長も定数ピッタリ!やられた~今年は選挙がねえパターンだわ~♡

 ですので,弁理士会の会長は,この清水善広さんにとっくに決定していたのです!ハハハ。

 だけど不思議なのは,弁理士連合クラブの方です。なんか良い候補者が居なかったのかなという感じがします。どういう経緯で今回は独自候補者擁立しないってことになったのかは知りませんが,惜しいなとも思います。

 といいいますのは,前回実に僅差だったからです。
 さらに,消息筋の話によると,下馬評だと,負けた弁理士連合クラブの候補が若干優位だったという話です。じゃあ何故,その優位だった方が負けたかというと,前回の選挙戦の終盤戦に有権者に送られた一通のハガキ,それで票が逃げて日本弁理士クラブ推薦の現会長が当選したらしいのですね。

 ま,その問題のハガキは,弁理士の人なら百も承知,弁理士連合クラブの候補者と正林先生とが一緒に写っていたものですね。
 正林先生は現副会長でもありますが,次期の副会長でもあります(副会長も結局派閥持ち回りですので,珍しいのですけどね。)。

 で,正林先生は,弁理士会の既得権益,アンシャン・レジームからは非常に嫌われていることで有名です。なので,前回アレルギーを起こした有権者が回避行動を取ったわけです。

(2)弁理士会の役員は派閥持ち回りで組まれています。もちろん,これは弁理士会に限らず,弁護士会(一弁)もそうです。つーか,ボクシングの団体,アメフトの部,アマレスの団体・・・を初めとして,会社だろうと何だろうと,はっきり言って日本のどこの組織だって,同じ!です。

 例えば,ここでも書いたように,私はJIPACの判定人等候補者をやっております。ですが,これは弁理士の地位に基づくもので,メインの仕事である弁護士の地位に基づくものではありません。
 
 おかしな話ですよね。
 何故こうなっているかというと,弁理士会の方は,公募で判定人等候補者を募集し,他方,弁護士会の方は一切そういうことをやらないからです。
 弁護士の会報には,・・・が***で決まったという人事関係の記事がたくさん載っております。でもそれは委員会やらの推薦で全くのブラックボックスで決まっているだけ,ま,これも派閥持ち回り~なわけです。

 で,別に弁護士会だけを責めているわけじゃありません。日本の組織は上記のとおり,どこもそう!だからです。
 なので,弁理士会も,つい数年前まではそうでした。いわゆる利権的業務について,何故かブラックボックスで決まり,派閥外の人間にはお鉢は回ってこない~日本のありとあらゆる組織で見られる原風景です。

 だけど,ある時期から,そういう利権的業務について,公募で選ぶシステムが導入されました。もちろん,世の中の99%はプロレスだと豪語したのはこの私ですから,公募枠とは別に派閥枠があったり,いやあ本当はもうおたくに決まっているんだけど,今公募じゃないとマズいってことになってますんで,ちょっと名目上公募してもらえん?みたいなことの可能性は大アリですよ!私しゃウブじゃありませんから。

 でも,弁理士会には公募制の導入ということで,形式的だろうが名目上であろうが,とにかく多少の風穴は開きました!ぶっ放せ切り札!ってやつです。

 じゃあこれはいつから,どうして多少の風穴が開いたかというと,上記の正林先生が最初に副会長になったときですね。このときも今と同様,正林先生は派閥の推薦がなく,副会長に立候補し,派閥連中からブーブー言われていたのにかかわらず,派閥の推薦候補を押しのけて見事当選したのです。

 ま,正林先生と言っても,法曹の皆さんにはピンと来ないと思いますけど,アディーレの石丸さん,彼みたいな感じだと思ってもらうとよいのではないかと思います。つまりは業界における真のイノベーターです。
 ですので,毀誉褒貶が物凄く,特にコンベンショナルな立場,派閥維持,既得権益保有者の立場からは,不倶戴天の敵のごとく扱われてしまうというわけです。

(3)私は年甲斐もなく,いまだ腕白坊主ですので,ここでこういうことを書いて,へへざまーみろみたいな感じのこともままあります。ですが,ちょっと違うこともあるのですね。

 弁理士会のように,二大派閥の持ち回りで進んだあげく,結局全員ドボンとなった例を知っています。
 何か?それは戦前の日本です。

 日本の民主化は戦後もたらされたのだ~戦前は軍部の独裁だったのだ~みたいな大嘘は,おそらくその大嘘によって利益を享受できる者たちが流したデマゴーグだと思いますが(法曹の間ですら勘違いしている人もいますね。),安倍ちゃんの前,多少流行った二大政党制なんて,戦前の日本はほぼ完成していました。

 憲政会(立憲民政党)と立憲政友会ですね(両方とも立憲・・・とある所に注意。)。
 だけども,両方とも,結局自分の所とその取り巻き(政商,財閥)の利益誘導しかやらず,しかも汚職も酷かったので,国民から見捨てられたわけです。

 なお,当時の日本の国民を今の尺度で測っちゃいけませんぜ,だんな。そのポイントはとにかく貧しかったということです。凶作になりゃ本当に人が死ぬ,娘を売る(もちろん別に違法じゃない売春宿にです。),そんな状況です。

  他方,当時は徴兵制(これは国民主権の発露の実に健全な姿だと私は思います。)もあり,そんな貧しい国民の血縁者が結構な頻度で軍に居たわけです。
 うちのちーにーにーもこないだ~,川向うの**さん家は三男坊が,みたいなわけですわ。

 だとすると,しょうもねえ利権の持ち回りをやっている政党よりも,自分たちの知り合いも多く居る究極の第三極,つまり軍!に託したくなるってえのが人情じゃないですかね。つーかあのときのあの状況で,軍以外期待する方がどうかしてるわ!って所です。

 だけども,大局的に考えていたわけでありませんから(今で言うと,ポピュリズムって言うのでしょうね。だけど,民主主義なんて多かれ少なかれポピュリズムですわ。),本来喧嘩を売っちゃいけない奴(アメリカ)に喧嘩を売ったあげく,あの73年前の夏のザマってわけです。

 どうですか~派閥持ち回りがどういう結果になるか,ちっとはわかっている筈なんですけどね。
 
 おっととと,いつものように盛大に議題から逸れました。

 弁理士の業界を取り巻く状況は今非常に怖いですよ。
 短期的にはいわゆる外国法事務弁護士のB法人の容認や,行政書士からの突き上げなどもありますが,まあ一番怖いのは,明細書の自動化でしょうかね。

 AIに奪われる仕事ということで,NRIとオックスフォード大のやったやつで弁理士会にも一悶着ありましたけど,あの予想よりも私は早いのではないかと思います。

 何故かというと,客,つまりは知財協所属の企業等の,コスト削減圧力の強さです。
 アベノミクスか何かわかりませんけど,一定程度景気の良い日本において,出願数が伸びず,単価も下落傾向にあるという,一人負けなのが,弁理士の業界なわけです。
 しかも,何年かに一度に山があるのですが,企業連中の,インハウス弁理士の会費出すのやめた~傾向も非常に強くなっております(弁理士会ではおそらく統計を取っているので分かると思いますね。)。

 ですので,いい明細書自動作成ソフトがたった一つでも開発されると,その瞬間から弁理士の業界は壊滅するでしょう(どこの企業もそれを使って本人出願するようになる。)。

 いやいやいや岩永センセ,その日が来るとしても遠い日ですよって?いやいやいや,逆でしょ。数年前にグーグル翻訳が今のレベルに来るって予想できた人居ますかね?
 他方,外内の出願で,これって機械翻訳させてしかも大したチェックしてねえなあという無茶苦茶な日本語でも,結構登録査定になっていますよね,現在!。

 だとすると,発明者にクラウド上でやってもらえば,そのまま出願できる,もちろん,先行技術調査のオプション付き~みたいなものが,今できてもおかしくないでしょう。ほんで,日本の出願は優先権とるだけなので,それでいいや~,ってなってもおかしくないでしょう。

(4)だから,派閥持ち回りの時代じゃないんですって,本当。
 ま,あんま贔屓の引き倒しはしたくないのですが,次回は,会長選に出ないと,正林先生!
 期待してますよ。

 

 


1 カテゴリーはちょっと迷う所です。なんと言っても擬似,ですからね。

 報道はこちらなどです。

 「宗教上の人格権」って何やんねん,秘仏に人格があるんかな~♪

2 昨今インバウンド(この言い方よりも外内という言い方の方がわかりやすいと思うのですがね。)の観光客も多くなってますし,同様な問題はあちこちであると思うのです。

 寺社仏閣での仏像やら文化財の写真撮影の可否という問題ですね。

 ちなみに著作権じゃ制限できません。何故か?そりゃもうとっくの昔にエクスパイアしているのが普通だからです。

 うちの田舎で最も有名で,ばあちゃん家の近くの田染蕗の富貴寺の阿弥陀如来像,作られたのは平安時代末期と言われています。もう800年以上経っています。
 それを納める富貴寺自体も九州最古の木造建築と言われるだけあって,同じくらいの古さです。
 それを管理している人や団体は当然今もありますけど,著作権なんて当然もう消えています。

 でも,撮影禁止という風に書かれている所は多いと思いますね。
  これは寺社等だけではなく,例えば,飲食店などもあり得るでしょう。
 あとは,興行関係ですかね(映画,ライブ等の撮影・録音禁止など)。

 ま,一番最後の映画については,近時立法化されました(No more映画泥棒~ってやつですね。)。映画の盗撮の防止に関する法律です(H19)。だけど,これは著作権法がもとになっております。

 なので,そもそも著作権のないもの(料理)やエクスパイアしたもの(文化財)等について,管理者としてはどうやってその複製物等をコントロールするのか,またそもそもそんなことができるのか問題になるわけです。

3 一番は,契約構成ですね。
 つまり,撮影しないということが契約の内容となっていたのだから,それに反して撮影したということは,契約違反つまりは債務不履行だ!ということです。

 多くの事例はこれでケリがつくと思うのですね。
 撮影しないという約束で境内に入ってもらった,参拝を許した,お店にきてもらった・・・等々です。
 勿論,何故撮影しちゃいけないか,という理由は重要だし様々だとは思うのですが,入場者がそのローカルルールに納得して入ったというのであれば,後でのちゃぶ台返しはなし~ってことです。

 次には,刑法上の住居侵入等罪(刑法130条)もあります。万引き目的でのお店の立ち入りならたとえ万引きをする前でも,これに該当するとかいう議論もありますからね。
 ですが,撮影禁止を破っただけで住居侵入?,うーん,むーにゃ,中国やロシアじゃあるまいし,ちょっと筋が悪いかなということです。

 で,本件の場合,「番組制作のために撮影を許可した秘仏の本尊の写真などを書籍や商品に無断使用した」ということなのですね。
 なので,契約違反と構成しようとすると,じゃあ事前の契約はどうだったんだ?ということがギリギリ争われてちょっと分が悪かったのかもしれません。

 ですが,だからと言って,「宗教上の人格権」じゃあちょっと不明確すぎやしませんか?ってことです。
 原告は寺院等ということですので,本来人格のないと言っても良い,モヤモヤっとした感じのものです。
 にもかかわらず人格権的なものを認めると,当然これは直接の相手方を超えての追及すらできてしまいます(人格権なのだから,転得先の,出版社や放送局等までも差し止めが出来る,ってことになるわけです。)。

 これは強すぎます。
 個人的には,目的外使用ということなんだから,端的に契約違反で良かったのではないか,勿論その場合,差し止めはなかなか認められないけども,お金での決着でも歯止めにもなるし,それで十分じゃないかなあという気がします。

 ま,これでさすがに負けた方も納得はせんでしょう。こういうのこそ本来は知財高裁でやってほしいのですが,四国内だから,高松高裁~~はあ~と思ったら,今の長官は,我らがタムタムでした~♪もう長官は合議体に入らないよね~♪

 兎も角も,判決の全文を早く見てみたいと実に思う,久々の判決でした~。
1 私は一応知財の専門の弁護士という風になっておりますので(ま,所詮IT=intiki弁護士ではあるのですけどね。),今現在非常に議論のあるこの問題についてもコメントしておいた方がいいと思います。

 やはり,澄まして~金持ちけんかせず~スルーっていうのは性に合わないのですね。

 で,結論から言うと,是!です。正確にいうと,漫画村は,既に消えた可能性がありますので,是だった,ということになりますけどね。

 ま,理由はあってないようなものなのですけど,一応書いておきましょう。

2 憲法上の話?
 今回の件について,何か憲法上のウンタラカンタラっていう議論もあります。勿論,政府がお願い等している以上,憲法にかすってはいるのですけど,メインの話じゃないと思います。

 だって,憲法は誰に向いた法かというと,国家に向けた法で,今回の対象は,民間のISPですからね。ちょっと筋が違うわけです。

 勿論,憲法21条2項には,こうあります。

検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

 この後半ですね。
 で,ちょっと歴史の話になりますけど,通信の秘密って,明治憲法から規定のあったものです。意外でしょ。明治憲法26条です。

日本臣民ハ法律ニ定メタル場合ヲ除ク外信書ノ秘密ヲ侵サルヽコトナシ

 何でもそうですけど,具体的に考えないといけませんよ。抽象論に走っちゃダメですわ。通信でも信書でもいいですけど,要するに,離れた人同士がどうやってコミニュケーションを取るかというと,別に会いに行きゃあいいのですけど,いつもいつもそうはいかないわけです。だから誰かに頼まないといけないわけです。

 で,その誰かは,長きに渡って国だったわけです。例えば,郵便。これってつい最近まで国でしたよね。今は郵政民営化で,日本郵便なんたらかんたらになったようですけど。
 さらに,電話等もです。これも長きに渡り,国でした。電電公社~知りませんか?バブルのころに,これもNTTになりました~♡

 でね,憲法でいう「通信の秘密」って,こういうメインのコミニュケーションの手段が国によってなされていた時代に議論が進んだわけです。

 だから,「通信の秘密」で守らなければならない秘密って,通信内容以外の,差出人,宛名人,日付,場所,住所etcまでその範囲だということになったわけです。暴走しかねない国から守るためには保護範囲は広い方がいいのだ!ってわけです。
 これは一理あります。

 なので,今回問題になっている接続先(ドメインネーム,IP)も,当然「通信の秘密」に含まれる!というのが通説的考えです。

 ですが,よくよく考えてみると,ISPって民間の業者です。そもそも憲法を大上段に振りかざすって??ていう所もあります。その上,郵便と電信電話くらいしかなかった時代の「秘密」の内容を,こんなにインターネットの発達した時代にそのまま持ってきても,って思いますけどねえ~。古臭くって,ゴホンゴホンですわ。

3 緊急避難?
 ということで,今回の話は基本,法律上の話なのですね。
 で,法律です。電気通信事業法です。

(秘密の保護)
第四条 
 電気通信事業者の取扱中に係る通信の秘密は、侵してはならない。

2 電気通信事業に従事する者は、在職中電気通信事業者の取扱中に係る通信に関して知り得た他人の秘密を守らなければならない。その職を退いた後においても、同様とする。

 憲法じゃなくて,基本,こっちの法律の問題と思います。ただし,上記のとおり,郵便も電信電話も国がやっていた時代の古臭い解釈論に引きずられて,こっちの「通信の秘密」も,通信内容だけじゃなく,その他モロモロも含むことになっております。あーあ。

 で,今回のブロッキングの正当化の議論について,緊急避難というのがよく出ます。緊急避難は,民法にも規定がありますが(720条です。正当防衛も含んでかなりゴッチャとしてますけど。),今回は刑法上,つまり,刑法37条の話でしょうね。

(緊急避難)
第三十七条 
 自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない。ただし、その程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。


 何故これが問題になるかというと,ISPがお客の接続先を色々見るということは,上記のとおり,通信の秘密の侵害になってしまうのです(通説的解釈だとね。私は当然,この時代に相応しい「秘密」の範囲があって然るべきだと思いますけど,ま,それを言うと議論が錯綜するので,ここではやめておきます。)。

 で,そうすると,電気通信事業法に罰則があり,刑事罰の可能性があるわけです。

第百七十九条 
 電気通信事業者の取扱中に係る通信(第百六十四条第三項に規定する通信を含む。)の秘密を侵した者は、二年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。
2 電気通信事業に従事する者が前項の行為をしたときは、三年以下の懲役又は二百万円以下の罰金に処する。
3 前二項の未遂罪は、罰する。

 うーん,ISPの社内に居る人だと,加重されてしまいますねえ(2項)。 

 なので,そりゃ漫画家さんのアレも分かるし,政府関係者のお願いも分かるけど,下手にDNSブロッキングをやると,この条文に引っかかり,わてらがお縄になっちまいますぜ~。というダブルバインドというかジレンマに陥っているのが実情なのですね。

 で,刑罰を避けるためには,何個か方法があります。
 まずは,刑法35条の正当行為です。死刑執行人とか,尖閣に上陸した人民解放軍の兵士を射殺した自衛隊の人とかですね~♡
 つぎに,よく聞く,正当防衛~。36条です。

 でも,この2つはちょっと無理そうです。正当行為は,法令で決まっていないとほぼダメです。また,正当防衛は,自分方面に危害が加わっていないとダメです(今回は赤の他人の著作権ですからねえ~。急迫性NGの方かもしれません。)。

 つーことで,緊急避難が俎上に上がってきたというわけです。

 で,喧しいのは,この緊急避難の要件に合う,合わない!ってことなのですね。
 上記のとおりの3つのことを違法性阻却事由と呼ぶこともあります。形式上,刑罰法規の罪の部分に該当しても,客観的に悪くない,よね,っていうものです。
 で,緊急避難は,この3つのうち,一番最後ですから,要件が厳しいのです。何でもかんでも緊急避難になったら,何のための刑罰かわかりませんしね。

 この緊急避難の要件として,①現在の危難,②補充性,③法益権衡などが言われており,今回は特に②と③が議論の分かれ目って感じがします。

 要するに,ブロッキングを認めたくない方は,②ほかに方法があるんじゃないの,警察とかに頼んだの?やることやったの?,③著作権でしょ,財産権でしょ,あとで金で補償できるもんちゃうの?表現の自由にも通じるもんと比べようがないっしょ,とこんな所でしょうかね。

 問題点はわかっていただけたかなと思います。

4 私の考え
 で,ま,一応通説的考えに従い,広い「通信の秘密」説に立っても,今回,緊急避難が認められると思います。

 まず,②の補充性ですけど,やることやって警察とか動いているのに,全く馬耳東風だったわけですよね,漫画村~♪
 それに,民事の裁判なんて糞の役にもたたないっていうのは,みんなもう知っています(にもかかわらず,今般の民事執行法の改正に水をさす向きもあるようで・・・,世も末ですニャー)。

 つぎに③ですけど,言うちゃー悪いけど,財産権たる著作権に何故差し止めがあるかって(著作権法112条),そこの理解が足りねえんじゃねえの~って気がしますよ。
 あとで金払えばって,今の損害が4000億円くらいらしいですけど,決着がついた後に誰が金払うのよ?漫画村の主催者が仮に捕まって,損害賠償請求が確定して,それ相応の額になったとして,そいつらが払えるか!ってわけですよ。想像力がな~っちゅう気がしますな。

 勿論,今回だけ,縛りはかなり厳しくする必要はありますけど,是でいいのではないかと思います。

 ま,とは言え,同じ著作権でも,これが音楽だと,No!No!だったと思いますね。

 やっぱ,音楽だと著作権者がでかい組織ですからね。
 大企業潰れろ!大企業のクソ部長みんなくたばれ!というジョニーロットン的ポリシーの私ですから,という理由もありますけど,やはり本居宣長が日本的なものとして,源氏物語を挙げたように,おそらく日本開闢以来,最も日本的なものが,漫画だから~ですかね。

 つまりは漫画のえこひいきですわ。日本の漫画のコンテンツの威力を皆さん,過小評価し過ぎですわ。
 あ,私,別に漫画それほど読んではいませんからね。私は昔から,小学五年生みたいな~何でもありの雑誌は読んでましたけど,少年ジャンプみたいな漫画だけの雑誌って買わなかったのです。なので,客観的に素晴らしいと思っているからこその,えこひいきなのですね。

 ま,日本とそれ以外の国の違いは,結局手塚治虫が居たかどうかに帰着するとは思いますけど,ともあれ,日本(世界でもあるのですけどね。)の今のコンテンツに陽に陰に与えた影響が凄まじいからこその~です。

 なので,一応弁護士なもんで,上記のとおりの屁理屈を述べましたけど,結局,好悪の問題かもしれません。
 ま,早めに立法されるのがベストだと言って,色々エクスキューズしておきましょ~ムフフフ。
1 何にせよ,振り幅の広いのが,このブログですのでねえ,こんな内容でもよいのではないかと思います。

 首記は,毎年この時期に公開されているドラえもんの映画の最新作です。

 で,この週末に見てきたのですが,いやあびっくりしました~。超面白かったです。

 どんな内容か,一言で言うと,エヴァンゲリオンだったなあって所でしょうか。
 と言ってもエヴァンゲリオンはもはや色々ありますので,そのうちのどれかという話にはなるのですが,「新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に」ですね。

 でも,勿論,ドラえもん的ハッピーエンドですけどね。

2 それ以上の詳しい内容は,まだ公開されて2週目ちょっとなので,やめておきます。ネタバレすると面白くありません。

 ですが,今回,結構な面白い話になった理由を探ると,やはり脚本ですかね。

 今回の脚本は,川村元気さんですね。知っている人は知っていますねえ。
 有名所では,「告白」の企画,そして「君の名は」の企画・プロヂュースとかです。その他,今の邦画のヒットしたほとんどのものにはこの人あり,ってことで外れのない人ですねえ。

 で,今回は,脚本ということで多才ぶりが際立つのですが,本来,本籍地はこっちの方なのかもしれません。いやいや凄いです(実はこれが脚本デビューらしいですけど。)。

 あと,音楽がいいですね。星野源がテーマをやっているのですけど(それも川村さんのご指名らしいです。),これはエンディングにかかるだけです(どどどどどど・・・のやつです。)。
 ですが,その前にやはり星野源の,泣かせる曲がかかり(ここにいないあなたへ),それが良かったかなあという感じです。

 元々,映画のドラえもんって,スキマスイッチのボクノートなど,その時の旬な人に依頼しているので,テーマに良い曲が使われている例が多いのですけど,それにも増して今回は素晴らしいかなあと実に思う所です。

 子供向けだろ~みたいに思う人は多いと思うのですが,何事も制約を自分で設けるのはつまらんつまらん(私はよく設けるのですけど。)~♡見に行って損はないと思いますけどねえ。でもオッサン一人で見に行くのは・・・。

3 ドラえもんはここまで。
 先週R-1があったので,その話を。

 優勝は濱田裕太郎ということで,まあ決勝の3人だとそうでしょうね。
 おぐのネタは予選のに比べて全くちっとも笑えませんでした。だって,女子高生がハゲのオッサンになったら,悲惨で笑えますけど(これが予選のネタ),ハゲのオッサンが女子高生になっても悲惨でもなんでもないので,全然笑えませんわ。
 
 また,ゆりあんレトリィバァって私面白いと思ったことが一度もなく,どうしてアレでテレビに出ているのかさっぱりわかりません。
 
 なので,あの3人だったら,濱田裕太郎で致し方なしって所です。でもねえ,かなりカミカミの決勝だったし,レベルが低かったので,これで優勝って感じでしたなあ,実に。

 個人的に一番面白かったのは,チョコレートプラネット 長田のジェットコースターのネタですわ。あれはバカバカしくて最高でした。
 ディメイティッドって何じゃ~♪あーあ思い出すだけで今も笑えます。

 実は,ゆりあんレトリィバァと同じ組で予選は同点だったのですが,視聴者ポイントの高かったゆりあんレトリィバァの方が決勝に行ったのですね(こういうときに売れていると有利ですわ。)。

 芸人は笑わせてナンボですので,凄えとかよくやったなんか思わせなくて結構,腹を抱えて笑いたいもんです。
 そういう意味からすると,今年のR-1は相当物足りなかったですね。
1 概要
 本件は,本訴請求と反訴請求の2つあります。
 まず,本訴請求は,原告は,被告が別紙5(被告広告1)及び6(被告広告2)の各広告を頒布する行為が,別紙1の広告(原告広告)について原告が有する著作権(複製権)及び著作者人格権(同一性保持権)を侵害し,又は原告に対する一般不法行為に該当すると主張して,被告に対し,複製権侵害又は一般不法行為に基づく財産的損害に係る損害賠償金5万円,同一性保持権侵害又は一般不法行為に基づく精神的損害に係る損害賠償金30万円及びこれらに対する不法行為後の日である平成28年4月26日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める請求がメインのものです。

 次に,反訴請求は,被告は,原告が本件原告ファイルの記載された宣伝広告チラシを作成・頒布する行為が,別紙3の表(以下「本件被告ファイル」という。)についての被告の著作権(複製権又は翻案権及び譲渡権)又は著作者人格権(同一性保持権)を侵害すると主張して,原告に対し,著作権法112条1項,2項に基づき,本件被告ファイルの複製又は頒布の各差止め並びに本件原告ファイルが記載された宣伝広告チラシの頒布の差止め及び廃棄を求めるとともに,同一性保持権侵害に基づく精神的損害に係る損害賠償金33万円及びこれに対する不法行為後の日である平成28年7月11日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるという請求のものです。

 まあ,こう書くと何やら難しい,高尚な感じがしますが,その実態は大したものじゃありません。

 ここではもう原則として,お笑い判決しか紹介しないと書きましたが,今回は超大笑い判決と言ってよいでしょう。でも,弁護士としては身につまされ,背筋も凍るって所の事件だと思います。

 ちなみに,一審(東京地裁平成28(ワ)12608 , 平成29年2月28日 判決。47部の沖中さんの合議体ですね。)もこの控訴審と同様です。
 つまり,本訴も反訴も理由なしで請求棄却です。

2 問題点
 問題点は,上記のとおり,広告チラシやそれに付随するファイルの頒布がそれぞれの著作権侵害になるかならないかというものです。広告自体は,一審の別紙が詳しいので,そちらを見てください。

 しかし,この問題点は本質的ではありません。

 本質的な問題点はただ一つ,それは困窮する士業~♫です。

 どういうことかというと,近時,ある大手の法律事務所が業務停止をくらったという話はご存知だと思います。ここでも若干紹介しました。

 そういう大手は自分の所で広告宣伝をやれるのですが,そうじゃない普通の小規模事務所(うちの事務所もそうですが。)は,同じことはやれません。

 なので,これもここで書いたように,無料相談会というのをチラシを配ってやるわけです。東京だと滅多にそんなチラシは入りませんが,地方に行くと,地元の弁護士じゃない弁護士の,そんなチラシが結構入ってくるようです。

 うちの実家は大分なのですが,東京や千葉,大阪の事務所がわざわざ昭和の町まで出張無料相談をやるわけですね。いやあ地元の弁護士もたまったものじゃないでしょうけどね。

 ちょい前は,過払い金がメインだったのですが,最近ではB型肝炎,あとは本件のような交通事故も良い金づるのようです。
 つまり,地方の情報弱者に広告による営業を掛け,美味しい所をガッサリ持っていくというビジネスモデルです。

 まあ資本主義の世の中だし,司法制度改革というのはこういうことだと思いますし,私も金権弁護士なので,こういうビジネスモデルをヤーヤー言う気はありません。
 ただし,問題が多少あって,このビジネスモデルの裏で糸を引いてるのは,広告代理店や今回のようなNPO法人だったりすることが多く,つまり非弁提携の虞がある,ということです。

 実は,今回の一審の原告は弁護士で,一審の被告は行政書士です(一審判決参照)。
 そして,その両人とも,あるNPO法人と提携して,そこから交通事故の事件の紹介を受けていたようなのですね。
平成23年から平成28年にかけて,1審原告が保険会社との交渉や訴訟等を担当し,1審被告が後遺障害認定申請等を担当し,連携して交通事故の事案を処理した件数が合計95件あり,本件侵害通知がされた時点においても,処理中の案件があった。また,1審原告は,Eや1審被告から,多数の交通事故の案件の紹介を受けていた。(乙16,18,21,41,55,56)
 というような事実認定もあります(Eというのは,NPO法人の代表者です。)。

 なので,今回の争いは身内の仲間割れです。
 じゃあどうしてそんな仲良く金儲けしていたこの人達が仲間割れするようになったか,そこはさすがに判決からではわかりません。

 しかし,一審原告は,一審被告だけではなく,仲間のはずの,他の提携弁護士であるA弁護士やB弁護士にも,警告の通知を送ったようなので,何かあったのでしょうね。

 どうですか。
 お客筋の良い弁理士の方や企業知財部の方からすると,え,もう弁護士の業界ってそんななんだ~と思われ,大笑いできるかもしれませんが,そうなのですよ。
 皆さんは大笑いできるかもしれませんが,私はとてもクスッともできません。なぜなら,明日は我が身,だからです。

3 判旨
「①一審原告広告は,本件NPO法人の地方相談会の広告として作成されたものであること,②1審原告は,1審被告から,本件NPO法人の地方相談会の集客のために,1審原告広告の現物を送付することを求められたこと,③1審原告は,平成25年8月7日,1審被告から,A広告が1審原告広告とほぼ同一内容であることを告げられたこと,以上の事実が認められるから,1審原告は,平成25年8月7日の時点において,A広告が1審原告広告とほぼ同一内容であること,1審原告広告とほぼ同一内容のものが本件NPO法人の地方相談会の集客のために用いられていることを認識していたものと認められる。そして,上記(1)の認定事実からすると,1審原告は,1審原告広告とほぼ同一内容のものが本件NPO法人の地方相談会の集客のために用いられていることを何ら問題とすることなく,かえって,A広告及び1審原告広告が同一の広告文言及び事例の紹介を用いていることを前提に,弁護士会からの指摘を回避するための1審原告広告の具体的表現に関する変更を提案しているものと認められる。また,上記(1)の認定事実からすると,1審原告は,上記の平成25年8月7日から約2年6か月後の平成28年2月5日に至って,1審被告に対して1審原告広告に関する1審原告の著作権の侵害を主張するようになったものと認められる。これらの一連の事実経過に,上記(1)認定のとおり,1審原告は,1審被告と連携して,多数の交通事故の事案を処理し,Eや1審被告から,多数の交通事故の案件の紹介を受けていたこと,すなわち,1審原告は,本件NPO法人と連携することによって利益を得ていたといえることを総合すると,1審原告は,本件NPO法人の地方相談会の広告として,1審原告広告を利用することを包括的に許諾していたものと認めることができる。この許諾は,A弁護士や姫路市の地方相談会に限られるものではない。
⑶  これに対し,1審原告は,本件NPO法人の提携専門家など全く知らない,本件訴訟において1審被告から提出された証拠を見てはじめて1審被告以外の提携専門家らが,1審原告広告を使用していることを知り,その後直ちに侵害行為を止めるよう警告したなどと主張するが,1審原告の主張は,客観的な証拠から認められる上記(1)の事実経過と矛盾するものであって,採用することができない。
・・・
⑹  1審原告は,1審被告による1審原告広告についての著作権の侵害行為として,1審被告広告1及び2について主張しているが,以上の⑴~⑸で述べたところからすると,1審原告広告の著作物性について判断するまでもなく,1審被告が,1審原告広告についての著作権を侵害する行為を行ったと認めることはできない。 」

4 検討
 まあ要するに,あんたはとぼけてるけど,あんたら仲間だったんで,あんたの作った広告を皆で使えるよう手配とかしたじゃんね~,それなのに,今更侵害だとか何それ?!って所でしょうか。

 反訴は,まあ売り言葉に買い言葉~で特段の意味はないと思います。

 どうですか。
 また,どうですかと聞かれても困るでしょうが,司法制度改革の成果(弱者を食い尽くしたあげく,ついには共食いを始める。)が如実に現れて,良い判決だと思いますね。

 こんな感じで弁護士一丸となって,金儲けに邁進していくわけです。勿論私もです。その先に何が待っているかは知る由もありませんが,そうなれば,このブログもいよいよ本当の最終回でしょうねえ。ムフフフ。
1 ということで,先日漸くこの映画を見ました~。
 まあまあでしたかね。

 で,原作は東野圭吾さんの有名な小説です。ちなみに,私は原作を読んでおりません。東野圭吾さんと同様,本嫌いですからね。

 じゃあ,特撮映画でもないこの映画,どうして原作のファンでも無い,偏屈なあんたが見に行ったのか~?と疑問を持つ方は多いと思います。
 まあでも私のことをそこそこ知っている人はわかるでしょ。

 そりゃあこの映画のメインのロケ地が私の故郷である豊後高田だったからです。

2 ナミヤ雑貨店の奇蹟のロケのことは若干ここでも書きました。恒例の帰省飲みのときに,突然宮町の駐車場に現れた怪しい建物~これがナミヤ雑貨店だったのですね。

 で,内容はいいですかね~。内容知りたいなら,他に詳しい所が一杯ありますからね。

 私が驚いたのは,ロケはほぼ高田で行われていたということですね。

 悪さをした山田くん達が逃走用の車を停めていたのは,盆踊りの会場で有名な高田の中央公園の駐車場でした。ちなみに,ここは昔高田小学校でしたね(私は桂陽小学校なのであんまり関係ないのですが。)。

 それで驚いたのに続き,法事のシーンでは,妙寿寺の住職がお経を上げておりました。おお何か数ヶ月前によく聞いた声です。
 高田のHPによると,法事のシーン自体も妙寿寺だったらしいですね。

 あとは,上記のとおり,ナミヤ雑貨店自体が宮町(私がよく同級生と飲みに行く所です。)に建てられたオープンセットなのでよく出てきますし,その周りの昭和の町っぽい商店街も,ほんの近くの,中央通りや新町の商店街です(よく出てきた魚屋も)。

 門脇麦さんが歌う歌は,ああ達郎節だなあと思ったらその通りで,そのMVは真玉海岸で撮影されたもののようでした。

 あと,登場人物の皆に関係ある丸光園,古い方(火事で燃える方)も,どこか見覚えのある海っぽいなあと思っていたら,香々地少年自然の家の所の海岸ですね。
 その昔,私がボーイスカウト時代に,キャンプをしたこともありますし,海で遊んだこともある所でした~。

 なので,高田以外のロケというと,林遣都さん演じる魚屋ミュージシャンが東京の行き帰りで利用していた路面電車(これは長崎らしい),新しい方の丸光園(これは高田の隣の国東市らしい),山田くん達が悪さをする前に算段をしていた港(高田の付近にあんなに建物の密集した港はありません。),尾野さんの実家の大きなお屋敷(これは分かりません)くらい~ですかねえ。

 いやあもう高田のオンパレードでしたわ~。
 最後山田くんが児島書店の前を走り,桂橋を渡り(予告編にもありました。),カドヤの所を曲がって同級生の実家のはんこ屋の前を通過し,鴛海産科も通過し,そこを曲がれば中の坂で,わしん実家もすぐじゃ・・・と思った所でシーンがカットになり,残念でした。

 まあでも最後の最後のドローンによる空撮では,私の母校が3つとも映っておりましたので(桂陽小学校,高田中学校,高田高校),私の実家も小さく映っていたことでしょう。

3 全く中身とは関係ない話で,中身の方に興味のある方には大変残念な記事ですが,まあ許してちょうだい。
 興行成績1位になるような映画のロケ地に使われるなんて滅多にないことですからね。
 
 あ,そうだそうだ,若干中身の話を最後に。

 先般,珍しく裁判所に行った際に,法務省にこの映画のポスターが貼ってあったと書きました。

 何故か?
 このナミヤ雑貨店の奇蹟のポスターよりもその隣に貼ってあった,ペンギンの「もどらない。もどさない。」つうことで分かるかなあという所です。

 上記のとおり,この映画のテーマソングは門脇麦さんも歌い,最後に山下達郎も歌う「reborn」なのですが,実は,こういうことにも掛かっているのではないかと思った次第です。

 現時点ではいまだ大きな映画館でロードショー公開中のようですので,ご興味あるなら見に行ってもらえると,高田出身者としては嬉しい限りです。
 とは言え,高田でロケしてない場合でも私が見に行ったかというと,それはないかなあって所です。ムフフフ。
1  2  3  4  5  6 
カレンダー
10 2018/11 12
S M T W T F S
2 3
4 5 7 8 9
11 12 13 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30
ブログ内検索
プロフィール
HN:
iwanagalaw
HP:
性別:
男性
職業:
弁護士
趣味:
サーフィン&スノーボード
自己紹介:
理論物理学者を志望したのはもう30年近く前のこと。某メーカーのエンジニアを経て,弁理士に。今は,弁護士です。次は何かな。
カウンター
アクセス解析
忍者アナライズ
Admin / Write
忍者ブログ [PR]