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知財,特に特許を中心とした事件を扱っている理系の弁護土の雑記帳です。知財の判決やトピックについてコメントしたいと思っております。
1 このブログをスタートして,丸4ヶ月経ちました。変った趣向でもないかしら~ということで,今回は,理系的発想で法律を見るとどうなるかという話をしたいと思います。

2 好きな法律の1位は,このブログを読んでいる方には,至極当然の「手形・小切手法」です。正確に言えば,「手形法」ということになりますね。
 実務で使ったことは殆どないのですが,個人的に私淑する坂井先生の言を借りれば「手形法は,小さくまとまった珠玉のような法律である。」のとおりだと思います。文語体で書かれており,読みにくいことこの上ないのですが(昭和7年公布),まさに「一個のまとまった体系」です。頭の良い,センスの良い立法者が立法するとこうなるという見本のような法律です。

 2位も当然,「民法」ですね(正確には,724条まで)。
 手形法とは逆に,極めて条文数が多いのですが,個々の条文は,要にして簡であって,近時立法された法律とはあらゆる意味において,レベルが違い過ぎます。やはり往時の立法者の頭の良さ,センスの良さがにじみ出ております。残念なのは,近時,口語体となってしまったことでしょうか。

3 さて,嫌いな法律の方に行きましょう。
 2位は,会社法です。センスの良かった商法を改正し,何だかわけのわからない代物となっております。

 そして,栄えある第1位は,金融商品取引法ですね(昔は,証券取引法と言っておりました。)。日々こんな法律を扱わざるを得ない方々も多いとは思いますが,まあご愁傷様としか言いようがありません。私もたまに仕事で見ないといけないことがあるのですが,拷問ですね。

4 上記は,一応私の主観によるものです。しかし,私も法律家のはしくれですから,何故このような主観判断となったのか,ちょっと分析してみました。
 1つめは,長いか短いかですが,民法はそれ自体長いので,当てはまりません。
 2つめは,なじみがあるかないかですが,会社法は,少なくとも手形法と同じくらいなじみがありますので,これも当てはまりません。
 3つめです。法律の構造を見ると,好きな法律に挙がったものは,定義規定がありません。ところが,嫌いな法律に挙がったものは,定義規定があります。どうやら,この辺にポイントがありそうですね。

5 架空の立法をしてみましょう。
 五反田公園規則「犬を連れて入ってはならない。」 
 よくあるパターンですね。このような規則があると,必ず問題になるのが(というか,ここもよくあるパターンですが。),「犬」とは何か,子犬はどうだ,キツネはどうだとか,文言解釈,拡大解釈・・・の話です。
 ここではその話はスルーして,そのような解釈問題が生じることを防止するため,改正で,定義規定を置くことにしたとします。

 改正五反田公園規則1条「この法律で,犬とはネコ目イヌ科の哺乳類をいう。」(広辞苑から拝借しました。)
 同2条「犬を連れて入ってはならない。」 

 しかし,どうですか。哺乳類って正確にわかりますか?公園をよく使うちびっ子に,哺乳類って何?って尋ねて答えが出ますかね。むしろ,犬そのままの方がわかるのではないでしょうか。

 そうすると,こうなるでしょうね。哺乳類の定義を置こう!っと。
 再改正五反田公園規則1条1項「この法律で,犬とはネコ目イヌ科の哺乳類をいう。
 同1条2項「この法律で,哺乳類とは,脊椎動物の一綱であって,温血で肺によって呼吸し,基本的に胎生で,雌は皮膚腺の変化した乳腺から乳を分泌し仔を哺育する動物をいう。」(やはり,広辞苑から拝借しました。)
 同2条「犬を連れて入ってはならない。」 

 複雑怪奇なものが好きな人以外は,さらに混乱してきたのではないでしょうか。
 そうすると,そうだ!わかりにくいのは例がないからだ!と。
 再再改正五反田公園規則1条1項「この法律で,犬とはネコ目イヌ科の哺乳類をいう。
 同1条2項「この法律で,哺乳類とは,脊椎動物の一綱であって,温血で肺によって呼吸し,基本的に胎生で,雌は皮膚腺の変化した乳腺から乳を分泌し仔を哺育する動物をいう。哺乳類の例については,五反田公園規則細則で定める。
 同2条「犬を連れて入ってはならない。」 
 五反田公園規則細則「五反田公園規則1条2項で定める哺乳類の例としては,犬,猫とする。

 おやおや,犬の定義をしていたのにもかかわらず,結局犬で定義しています。トートロジーですね。
 まあその前に,何だかイソップ寓話のような有様ですね。

6 上の例は極端でわかりやすい例でした。このような例に触れると,定義規定の本質が結局どういうものかということがわかったことと思います。

 法律も言葉で書かれていますから,言葉の一種には違いありません。
 そして,言葉は,言葉でしか語ることができません(前期ウィトゲンシュタイン的でしょうか。)。
 とすると,法律用語の定義をしたところで(二次的解釈),その定義規定で使われている用語をさらに定義する必要があることは明白です(三次的解釈)。
 そうすると,解釈が解釈を,定義が定義を生むという無限連鎖に陥ることになり,言葉の要素の有限性から,それは結局トートロジーに帰着するだけとなります。

 辞書を使うことができるのは,或る程度その言語に精通した者だけということと同じです。辞書を引いてわからない言葉が出て,それをまたその辞書で引いて・・・という作業が,あるところで中断するのは,アプリオリにわかっている言葉(前提とされる言葉)にそのうち行き着くからです。

 法律でもそれは変わりません。定義による二次的解釈で留まる場合は,まあこの定義があればわかるんじゃねえの,というある意味フィクションに基づくものです。施行令や施行規則まで定義の定義がある場合も,まあこの定義の定義があればわかるんじゃねえのというこれまたフィクションに基づくものです。
 だとしたら,どうせフィクションなのだから,法律の条文のみ提示して,あとはそれぞれ各自の解釈(現実には,判例・通説の解釈,一次的解釈)でとどめておいた方がシンプルなだけ,いいんじゃないの,というのが私の考えです。
 頭の悪い,センスの悪い立法者に付き合わされるのは,御免被りたいですね。

7 現在行われている民法の改正が,このイソップ寓話のパターンにならないか,私はこれを危惧しております。
 もちろん,教条的,信仰的とも言える現行立法への盲信(憲法9条だとよくいますね。)から,民法の改正はならん!と言うつもりもないですが,頭の悪い,センスの悪い立法は何としても避け,「手形法」的立法を期待する次第です。

 おっと,結構長く書いてしまいましたね。


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