忍者ブログ
知財,特に特許を中心とした事件を扱っている理系の弁護士の雑記帳です。知財の判決やトピックについてコメントしたいと思っております。
1 概要
 本件は,特許出願人たる原告が,発明の名称を「電界放出デバイス用炭素膜」とする発明について出願したところ,拒絶査定を受けたため,拒絶査定不服審判を請求したものの,特許庁から不成立審決(実施可能要件違反)を下されたため,これに不服の原告が,取消事由があると主張して,その取消しを求める事案です。

 これに対して,知財高裁4部は,この審決を取消しました。要するに,実施可能要件違反はないよ,ということです。

 明細書の記載不備に関するものであり,また,技術がいわゆるFEDの電極形成に関するものだったので,取り上げました。

2 問題点
 明細書の記載要件の趣旨は,ここで散々議論したとおりです。そして,実施可能要件については,その趣旨がストレートに妥当するものです。
 すなわち,「 特許制度は,発明を公開する代償として,一定期間発明者に当該発明の実施につき独占的な権利を付与するものであるから,明細書には,当該発明の技術的内容を一般に開示する内容を記載しなければならない。法36条4項が上記のとおり規定する趣旨は,明細書の発明の詳細な説明に,当業者が容易にその実施をすることができる程度に発明の構成等が記載されていない場合には,発明が公開されていないことに帰し,発明者に対して特許法の規定する独占的権利を付与する前提を欠くことになるからであると解される。
 というわけです。私の拙い考えを提示してもしょうがありませんので,今回の判旨より引用しました。
 要するに,この明細書を見て当業者が製造できるなら,いいんじゃないの~ということです。

 特許庁の審決は,「①本願発明1で用いられる炭素膜の製造工程は,上記・イの(ア)(イ)(エ)が必須の製造工程であるが,同(ウ)(オ)(カ)は選択的なものであること,②本願発明の製造工程は,従来の「ダイアモンド状の炭素あるいはCVDダイアモンド膜」の製造方法として甲1刊行物及び甲2刊行物に記載されている製造工程と実質的に同じものであり,その製造条件は,従来の「ダイアモンド状の炭素あるいはCVDダイアモンド膜」の製造方法として上記刊行物に記載されている製造条件を含むから,発明の詳細な説明に記載されている炭素膜の製造工程は,当該製造工程により従来のダイアモンド状の炭素あるいはCVDダイアモンド膜が製造できても,それを超える本願発明1に係る炭素膜の製造を保証するものではないこと,③炭素膜の製造方法における温度,圧力等の製造パラメータが多数あり,かつ,その数値範囲もCVDダイアモンド膜が製造できる数値を含んでいることから,当業者は,種々の製造パラメータにおける適正な範囲やそれらの組合せ,その他の製造パラメータについて更に特定して,所望の特性を有する炭素膜を製造する方法を見つけ出さなくてはならず,当業者が過度の試行錯誤を強いられること,④したがって,本願発明1の電子放出デバイスが有する「炭素膜」を実施するための製造方法に関して,発明の詳細な説明には,従来のダイアモンド膜を含む一般の「炭素膜」を製造する方法が記載されているにすぎず,請求項1に記載したUVラマンバンドに関する特性を有する特定の炭素膜を実施するための製造方法が,明確かつ十分に記載されているものとはいえないし,本願発明1の「炭素膜」を得るための具体的な製造方法が,当業者の技術常識であったともいえないと判断した。  」のようです。

 さて,知財高裁は,どう判断したのでしょうね。

3 判旨
「  ウ  本件意見書の記載
原告は,法36条4項違反等を指摘する拒絶理由通知書に対応して,平成21年7月6日,本件意見書を提出した(甲5)
  本件意見書には,本願発明に係る3つの炭素膜を製造した際に用いられたパラメータを記載したランシート及びそれをまとめた【表1】が添付されている。それによれば,サンプル「LJ012397-02-A(図1及び図4)」,サンプル「LJ012797-03-A(図2及び図5)」及びサンプル「FF031497-01-A(図3及び図6)」の3つの炭素膜のサンプルを製造した際,クリーン,シーディング,グロース,エッチングの各ステップにおけるフィラメント温度,基板温度,堆積圧力,ガス混合物が記載され,説明されている。
  また,本件意見書には,水素の流速が非常に低くダイアモンド微結晶が非常に小さい場合には,炭素膜がグラファイト膜に近づき,ダイアモンド微結晶が大きくなると,炭素膜の性質がダイアモンド膜に近づくことが,文献を上げて説明されている。
  エ  当業者の技術常識
  従来のDLC膜は,ダイアモンド構造が多い場合も少ない場合も存在することは,本願明細書にもあるとおり,公知である。このことや,本件意見書中の上記記載によれば,当業者であれば,sp 3 結合を少なくして1580cm -1 近傍のピークの半値幅を小さくする実施条件を,予測することができるものと解される。
  オ  小括
  以上総合すれば,本願明細書には,本願発明1に係る炭素膜の製造方法が記載されているところ,記載された条件の中で,当業者が技術常識等を加味して,具体的な製造条件を決定すべきものであり,これにより本願発明1に係る炭素膜を製造することは,可能であるというべきである。 」

4 検討
 裁判所は,審決において実施可能要件違反があるとした①~③の3つの理由について,ことごとく誤りだと認定しております。
 まあ,この認定自体は妥当なのかなあという気はするところですが,気になるのは,意見書の参酌ですね。分野によるのかもしれませんが,当業者の技術常識というのをどう把握して認定するかというのは大問題です。 通常,出願当時の文献(必ずしも,出願前でなくともよい。)などを数多く提出するわけですね。

 他方,それに対して,実験成績報告書の類(今回の意見書もその範疇に入ると思います。)は,本件発明の技術レベルを示すわけですので,通常,出願当時の文献記載の技術よりも”進歩”しているはずです。したがい,そのような実験成績報告書を示しても,本来,技術常識を示したことにはならないと思います。
 しかし,本件では,意見書から,技術常識の認定がされております。まあ,拒絶理由が実施可能要件違反だけでしたからこの戦法が使えたのでしょうね。

 だって,本件発明の技術レベルを示したところ,当業者に実施可能と判断されたわけですから,当業者が容易に発明できた,という認定まではあともうちょっとです。つまり,私がかねがね主張している,進歩性と記載要件のトレードオフというかジレンマというかに陥る心配が今回はなかったという事なわけです。

 しかし,この問題は本当に悩ましいですね。化学系の発明だと本当に頭を悩ませる問題です。

5 ところで,昨日,弁護士会館地下のブックセンターに行ったところ,例の大著,「新・注解 特許法」(中山信弘・小泉直樹編)青林書院,が発売されておりました。上下巻で,併せて37,800円なり~です。
 最近,破産法のコンメンタールを買ったのですが,それは2万円くらいでした。特許法の場合,イヤヨがありますが(当業者ならばわかりますね~),ほぼ破産法と同じくらいの条文数だと思います。
 とすると,上下巻に分けて,その倍の値段ちゅうのは,どういうことなんでしょうかね??
 さすがに貧乏弁護士には高すぎますよ~。かといって,青本は裁判所に対して意味がないですからね~,これまた悩ましい問題だ。
PR
259  258  257  256  255  254  253  252  251  250  249 
カレンダー
10 2017/11 12
S M T W T F S
3 4
5 7 8 11
12 13 14 15 16 18
19 21 23 24 25
26 27 28 29 30
ブログ内検索
プロフィール
HN:
iwanagalaw
HP:
性別:
男性
職業:
弁護士
趣味:
サーフィン&スノーボード
自己紹介:
理論物理学者を志望したのはもう30年近く前のこと。某メーカーエンジニアを経て,弁理士に。今は,弁護士です。
カウンター
アクセス解析
忍者アナライズ
Admin / Write
忍者ブログ [PR]