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知財,特に特許を中心とした事件を扱っている理系の弁護士の雑記帳です。知財の判決やトピックについてコメントしたいと思っております。

1 概要

 本件,Cu-Ni-Si系合金に関する特許権(発明の名称を「強度と曲げ加工性に優れたCu-Ni-Si系合金」,特許第4408275号)を有する原告(JX日鉱日石金属株式会社)が,被告(三菱電機メテックス株式会社)に対し,被告の製造,販売する別紙被告製品目録記載1及び2の各製品(被告各製品) が原告の特許権の特許発明の技術的範囲に属すると主張して,特許法100条に基づき,上記製品の生産,使用,譲渡及び譲渡の申出の差止めを求める事案です。

 これに対して,東京地裁民事47部(高野さんの合議体ですね。ただ,高野さんは,さいたまに異動しちゃったようですが。)は,原告の請求を棄却しました。

 

 何かどこかで聞いたことないですかね。以前このブログでも同じ当事者で似たような特許(第4255330号)での特許侵害訴訟の件を書いたことがあります。この件は,久々,記載不備の無効の抗弁成立ということがポイントでした。詳しくは,昔の記事を見て下さい。

 他方,今回のは,更にその事件よりもラジカルです。というのは,いわゆる過剰差し止めのおそれがあるから,請求を棄却したのですね。

 おー,講学上は色々あるものの,ここまではっきり明示したのは,この事件が初めてじゃねえの〜。学者の先生方出番ですよ,ホラホラ〜。

 

 クレームから行きましょう。

A 1.04.5質量%Ni

 B 0.251.5質量%Siを含有し,

 C 残部が銅および不可避的不純物からなり,

 D {111}正極点図において,以下の(1)(2)の範囲のX線ランダム強度比の極大値が6.5以上10.0以下であることを特徴とする集合組織を有する 

  (1)α=20±10°,β=90±10°

  (2)α=20±10°,β=270±10°

 (但し,α:シュルツ法に規定する回折用ゴニオメータの回転軸に垂直な 軸,β:前記回転軸に平行な軸)

E 強度と曲げ加工性に優れたCu-Ni-Si系合金。

 

 見てのとおり,構成要件Dはかなりマニアックなパラメータとなっております。結晶の方位等を制御すると,強度と曲げ加工性に優れたものになるらしいです。

 

 明細書によると,

【0007】

本発明者は、X線ディフラクトメーターを用いたCu-Ni-Si系合金の集合組織の測定結果と曲げ加工性の相関を調査した。その結果、{111}正極点図上において{123}<412>方位を含む2つの領域内のX線強度の極大値を制御することで、曲げ加工性が改善できる事を見出した。すなわち、上記領域内の極大値を一定範囲内に制御したCu-Ni-Si系合金では、強度が同程度で他の集合組織を有するCu-Ni-Si系合金に比べて、耐曲げ割れ性が良好であり、曲げしわが低減される。

 

 ちゅうことらしいです。ま,これをちゃんと理解するにはかなりの深い知識が必要なので,ある測定方法で測った場合にある特定の基準を満たすもの〜くらいの理解でいいと思いますよ。

 

2 問題点

 問題点は,ちょっとグニャグニャした問題点ですね。ま,端的に言えば,上で出た構成要件Dの充足性です。

 

 ただね〜通常の構成要件の充足論とはちょっと違います。

 

 特許侵害訴訟でいう充足論にどういうイメージがあるかわかりませんが,通常は,充足するかしないか,白か黒かはっきりします。だって,構成要件って刑法の構成要件と同様,①自由保障機能と②他の構成要件との区別機能の2つがあると言われてますからね。

 

 つまり,白か黒か明確にわからんと,これってやっていいの?それともやっちゃいけないの?て,にわかにわからず,そうすると普通の人はヤバいならやーらないってなるでしょ。萎縮したら,産業の発達も萎縮しちゃいますからね。

 だから,通常は構成要件の充足性があるかないかは白か黒かではっきりするものです。

 

 でもねえ,何でも例外はあるのです。例えば,プロドラッグっていう薬があります。これって,人間が飲み込んで体の中の酵素などによって初めて活性化するものです。

 ということは,売られている段階だと,通常の特許の構成要件には該当しません。

 あと,カビキラー事件とかドクターブレード事件とか,後発的に構成要件を充足する場合はどうなるんだという事件があります。

 

 他のパターンとしては,例えば材料系の話で,6割の被告製品は構成要件を充足するのだけど,残り4割はバラツキで構成要件を充足しないというようなものもあります。この場合,この割合の多寡で結論が違いそうな気もしますね。

 

 ま,要するに,白黒はっきりしない場合もあり,ただ,裁判所としてはその場合でも結論は出さざるを得ず,そういうときはどうするんだ?ってやつですね。

 

 本件では,構成要件Dの充足性については,一部認めております。

証拠(4,5,2,3,39,40,42,44,45,49ないし52)によれば,被告各合金について,X線ランダム強度比の極大値を測定した結果は,別紙「被告各合金のX線ランダム強度比の極大値一覧」のとおりであると認められ,これによれば,被告合金1のうちの甲4のサンプル(質別1/2HT,板厚0.15mm,20.0mm)X線ランダム強度比の極大値は7.601ないし8.185であり,被告合金2 のうちの甲5のサンプル1(質別1/2HT,板厚0.15mm,20. 0mm)のそれは8.185ないし8.770であるから,これらは構成要件Dを充足し,他はこれを充足しない。

 原告は,被告合金1の構成1-dにおいて,X線ランダム強度比の極大値を7.601ないし8.185であると特定し,また,被告合金2の構 成2-dにおいて,X線ランダム強度比の極大値を6.5ないし8.77 0であると特定するが,前者に該当するものは甲4のサンプルしかなく, 後者に該当するものは甲5のサンプル1しかないのであって,他にこれらに該当する被告合金1及び2の存在を認めるに足りる証拠はないから,被告合金1及び2の全てが,それぞれ上記の構成を有するとは認められない。

 

 サンプルについては,別紙があります。 

 これによると,14個のうち構成要件充足性があるのはたった2個ですね。

 

 いやあ,どうですか~お客さん?
 全く構成要件充足性がないとは言えない,いや一部については確かにある,でも全体からするとそれはごく一部〜しかも構成要件充足性の有無について検査しようとすると,いちいち妙ちくりんな装置でX線の回折実験みたいなやつをやらんといかん,さあどうするか?ってわけです。

 

3 判旨

争点5(差止めの必要性があるか否か)について

(1)被告各合金について,X線ランダム強度比の極大値を測定した結果は,別 紙「被告各合金のX線ランダム強度比の極大値一覧」のとおりであり,被告合金1について構成要件Dを充足するのは,番号3の甲4のサンプル(質別 1/2HT)のみであり,これより後に製造された同じ質別1/2HTの番 号4の合金は,構成要件Dを充足せず,質別EHTの番号5の合金や質別H Tの番号6の合金も,構成要件Dを充足しない。また,被告合金2について 構成要件Dを充足するのは,番号8の甲5のサンプル1のみであり,番号9 の甲5のサンプル2やこれより後に製造された番号10ないし12の各合金 は,構成要件Dを充足しない。なお,本件特許出願前に製造された被告合金 1及び2(番号1,2,7),構成要件Dを充足しない。

 原告は,同一の製造ロットから得られる限り,同一の製造工程を経て製造 するものであり,そのX線ランダム強度比の極大値は,誰がどこを測定しても同一であると主張するが,このことを認めるに足りる的確な証拠はないから,同一ロットの製品であっても,測定部位によりX線ランダム強度比の極大値が変動する可能性があることは否定し難く,ましてや質別や製造ロットが異なれば,X線ランダム強度比の極大値が異なると考えられるのであって, 上記の測定結果は,まさにそのことを示すものともいえる。

 そして,被告は,本件特許出願の前後を通じ,構成要件Dを充足しない被告合金1及び2を製造しているのであり,X線ランダム強度比の極大値を6. 5以上10.0以下の範囲に収めることを意図して被告合金1及び2を製造していることを認めるに足りる証拠はないから,被告が,今後,あえて構成要件Dを充足する被告合金1及び2を製造するとは認め難い。もっとも,このことは,偶然等の事情により構成要件Dを充足する被告合金1及び2が製造される可能性があることを否定するものではないが,上記のとおり,本件証拠において,構成要件Dを充足するものが甲4のサンプルと甲5のサンプル1に限られていることからすれば,そのような事態となる蓋然性が高いとは認め難いというべきである。

(2)また,原告は,本件における差止めの対象を,被告合金1及び2のうち,X線ランダム強度比の極大値が6.5以上のものであると限定するが,同一の製造条件で同一組成のCu-Ni-Si系合金を製造した場合,当然に, X線ランダム強度比の極大値が同一になることまでをも認めるに足りる証拠はなく,かえって,前記のとおり,製造ロットや測定部位の違いによりこれが変動する可能性があることからすると,正確なX線ランダム強度比の極大値については,製造後の合金を測定して判断せざるを得ないことになるが, この場合,どの部位を測定すればよいか,また,ある部位において構成要件 Dを充足するX線ランダム強度比の極大値が測定されたとしても,どこまで の部分が構成要件Dを充足することになるのかといった点について,原告は,その基準を何ら明らかにしていない。

 そうすると,被告の製品において,たまたま構成要件Dを充足するX線ランダム強度比の極大値が測定されたとして,当該製品全体の製造,販売等を差し止めると,構成要件を充足しない部分まで差し止めてしまうことになるおそれがあるし,逆に,一定箇所において構成要件Dを充足しないX線ランダム強度比の極大値が測定されたとしても,他の部分が構成要件Dを充足しないとは言い切れないのであるから,結局のところ,被告としては,当該製品全体の製造,販売等を中止せざるを得ないことになる。そして,構成要件 Dを充足する被告合金1及び2が製造される蓋然性が高いとはいえないにせよ,5のサンプル2のように,下限値付近の測定値が出た例もあること (なお,原告は,これが構成要件Dを充足しないことを自認している。)に照らすと,本件で,原告が特定した被告各製品について差止めを認めると, 過剰な差止めとなるおそれを内包するものといわざるを得ない。

(3)さらに,原告が特定した被告各製品を差し止めると,被告が製造した製品 毎にX線ランダム強度比の極大値の測定をしなければならないことになるが, これは,被告に多大な負担を強いるものであり,こうした被告の負担は,本件発明の内容や本件における原告による被告各製品の特定方法等に起因するものというべきであるから,被告にこのような負担を負わせることは,衡平を欠くというべきである。

(4)これらの事情を総合考慮すると,本件において,原告が特定した被告各製品の差止めを認めることはできないというべきである。

 

4 検討

 まあ,上記のような事情からすると,結論は致し方ないところかもしれません。

 ただ,法的構成としてはどうなんでしょうか?衡平というのが出ましたから,民法1条2項の信義則ですかねえ。3項は権利の濫用の話ですが,濫用じゃないでしょうからねえ。ま,この辺は,チンピラ弁護士には荷が重い所ですので,学者先生たちにお任せしましょ。

 

 で,私も半導体のプロセス・デバイスの特許出願管理とかしていたので,こういうのって他人ごとじゃないのですね。

 よくあるのですよ。あんまりメジャーじゃないパラメータで規定した数値限定発明〜。実際,そのパラメータのその範囲だと何がいいことがあるんじゃ!ボケっ!という取ってつけたような特許〜いやあ困りますね。

 

 今回の被告も主張しているのですが,本来はそういうのって先使用権がある筈です。しかし,出願当時の商品をあとあと紛争が起こったときのために〜とかでサンプル保存している会社なんてありませんよ。しかも,他人の出願がいつになるかなんてわかりませんもん〜つまり証拠がないのです。

 証拠というか出願当時のサンプルさえあれば,その取ってつけたようなパラメータに入っているかどうか紛争時に調べることはできると思うのですね。

 

 ということで,今回,学者先生の論文ネタとしても面白く,実務家にもかなり切実な話もあって面白いですね

 ところで,この事件で損害賠償の請求もしてたらどうなるんでしょう?FRAND特許のやつでもそうですが,この事例だと頭が痛いですね。ただ,過失なし〜で不法行為不成立ってえのもありえるなあ。

 

5 その他
 今日の天気です。東京は朝から雪でした。寒いです。

 結構積もるかなあと思ったのですが,早い時間に雨になり,予想よりはマシって所じゃないですかね。

 1月ももう終わりですが,まだまだ寒い日はありそうです。本当,早く夏にならないかなあと思いますね。

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理論物理学者を志望したのはもう30年近く前のこと。某メーカーエンジニアを経て,弁理士に。今は,弁護士です。
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