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知財,特に特許を中心とした事件を扱っている理系の弁護士の雑記帳です。知財の判決やトピックについてコメントしたいと思っております。
1 概要
 本件は,発明の名称を「子供の知的能力を発達させる練習用箸」とする特許権(特許第3766831号)を有する原告ら(P1とケイジェイシー,特許権者はP1のみ。)が,被告に対し,別紙被告製品目録記載の各被告製品(デラックストレーニング箸)が本件特許権を侵害しているなどと主張して,① 原告P1は,被告の行為が本件特許権を侵害するものであるとして特許法100条1項及び2項に基づき,② 原告ケイジェイシーは,被告の行為が不正競争防止法2条1項1号の不正競争に当たるとして同法3条1項及び2項に基づき,それぞれ,被告に対し,被告製品の製造販売の差止め及び廃棄を求めた事案です。

 これに対して,大阪地裁第26民事部(山田さんの合議体ですね。)は,原告らの請求をいずれも棄却しました。つまりは,特許侵害もないし,不正競争行為もない,というわけです。

 まあ,特段何か注目すべき論点があるわけではありません。ただ,この事案,実に,いいです!
 何かというと,エンジニア等の特許の初心者に,特許ってこういうものですよ,と研修等の資料に持ってこいのものだからです。

2 問題点
(1)まあちょっとした法的問題点もありますが,それは後回しで。

 私はここで何回も書いているとおり,昔ソニーに勤めていたのですね。その時,エンジニアをやってから知財部に異動したわけです。

 で,知財部と資材部はよく間違われていたという話は前にしましたが,で,その知財部の仕事って何でしょうね。
 一言で言えば,特許の仕事で,それにちょっと加えれば,出願関係の仕事がかなりの比重を占めるということが言えます。で,その仕事で多くの比重を占めるわけではないのですが,一般の社員,主としてエンジニアに対する社内研修の講師,というのがあります。

 ま,ここでこれまたしょっちゅう書いているように,私は人前に出るのが苦手なのですが,今回はそういう話ではなく,そこで使う資料に苦労するという話です。

 知財関係の弁護士,そして弁理士,さらには知財部の方が,クライアント企業等とやり取りして一番苦労するのが,発明者との応対関係じゃないでしょうか。要するに,発明者は,技術の玄人ではあるのですが,特許に関しては素人です。
 ところが,何故か多くの発明者は,自分が特許の玄人と勘違いしているのですね。何でもそうですが,自分がまだ未熟だと思っていれば,伸びる余地はあるのですが,そう思っていないと伸びる余地はなくなってしまいます。そんな認識だと,知財関係者は勿論取り扱いに手を焼くことになるのですが,何よりもクライアント企業にとって大変有害です。

 ですので,わかっている気になっているかもしれませんが,きちんと基礎から勉強しましょうね,頭でっかちの理系のおバカさん達~♫ということで,特許の研修をやるわけです。

 そうすると,そのような趣旨でやる研修ですので,なるべく現実に即したものであることが必要で,尚且つ2時間程度の研修の時間で,明瞭に分かるようなものであることが必要なわけですね。しかも,ゴチャゴチャ細かい文句の多いオタク達に文句を言わせない,隙のない題材でないといけないわけです。

 ということで,私がいたころのソニーでは,ビデオカセットテープ(VHSでもベータマックスでもOK)のテープの「リール押さえ」を教材に使っていました。
 まあ,今の人は,家にVCRが既になく,あるのは,HDDレコーダーだから何のこっちゃ!でしょうが,一昔前前までは,必ずあったと思います。
 そのビデオのカセットを分解するとすぐにわかるのですが,動作中のテープの揺れを抑えるため,テープ筐体の表がわの裏っかわに,かたもちバネの原理でリールを押さえるという,金属製の羽みたいものが溶着などされているのです。これが,上記のリール押さえです。原理はかたもちバネですが,リールは2つありますので,かたもちバネが2つ必要ですので,結局1個の羽みたいものの両端でリールを押さえる,というわけです。

 で,このリール押さえに関する特許は,所謂ベータマックス特許の1つとして,ベータマックスが沈んでも,ソニーにかなりの特許収入をもたらした優良特許です。
 そのクレームは既に忘れましたが,金属製の一本の板で,中心部を板の長手方向に2箇所ダボ溶着しており,リール押さえの方向に行くに従って幅細になる,ような感じでした。イメージわきましたかね。

 ほんで,ビデオのカセットの会社って?昔はたくさんありましたよね。そうすると,各社各様のリール押さえがあるのですが,上記のクレームに従って,これは侵害,これは非侵害~とエンジニア諸君に実際にやってもらうわけです。

 そう,これは,先っちょも根本も同じ幅だから,ちょっと違うよね~とか,ダボ溶着の所が幅方向に2箇所だからちょっと違うよね~とか検討していくわけです。
 そうすると,クレーム解釈はこうやり,実際の製品との照らし合わせってこうやるんだ~というのが,生き生きと経験できるわけです。しかも,自社の特許と自社の製品カテゴリだったわけですからね。だから,この資料は非常に良いのです。

 でも,毎年毎年同じネタ,やっている講師は,またこれかよ~となりますし,たまに,前に受けたことがある,って人もいるのですね。つまり,異動前に受けて,異動後にも新しい上司の指示で受けさせるってことになると,こうなってしまうことがあります。

 要するに,ネタ不足なわけです。でも,これに代わるというか,これ以外のいいネタって本当ないのです。技術内容だけでなく,クレーム自体も簡単で,さらに,イ号も身近に手に入り,使い回しができるようなヤツです。ね,ありそうでないでしょ。

 ですので,巨大な企業のソニーでも,特許研修の前にはいいネタないかなあというのが会議の議題にあがりはするものの,結局いつものリール押さえに落ち着いていたのです(今はどうなってんだろう?)。
 だとすると,他の企業や,あと研究機関,大学(法科大学院も含めて),一体どういうネタで特許侵害の実際を教えているのか不思議です。恐らく講師の作った架空のクレームと架空のイ号でやっているのだと思いますが,法的な教育って,生きた資料でやらないと全く身につきませんよ。これは,法曹だったら,頷いてくれる筈です。

 で,前置きは非常に長かったのですが,漸く辿り着きました。喜んでください~,企業の知財部,また講師依頼のある弁護士や弁理士の皆さん,大学の先生~♫特許侵害を勉強するのに,こんないい教材はありません!もう,この判決のpdfは永久保存でしょう!

 まず,クレームが分かりやすくて,その用語の意味も難しくありません。

 A  親指を挿入する親指挿入穴と
 B  固形物を掴み取る第1パッドとを有する第1箸部材であって,
 C  第1箸部材の上部に親指挿入穴を形成し,
 D  第1箸部材の下端に第1パッドを形成した第1箸部材と,
 E  人差し指および中指を挿入する保持ユニットと,
 F  保持ユニットの固定位置を調節する調節手段と,
 G  固形物を掴み取る第2パッドとを有する第2箸部材であって,
 H  この保持ユニットが人差し指を挿入する人差し指挿入穴と中指を挿入する中指挿入穴とを有し,
 I  第2パッドを第2箸部材の下端に形成した第2箸部材と,
 J 第1箸部材および第2箸部材の上部に形成され,第1箸部材および第2箸部材を所定の間隔で結合する結合手段と
 K  を有する,知的能力を発達させる練習用箸。

 まあ字だけだとわかりにくいですが,この判決,最後にイ号のカラー写真と原告の製品のカラー写真まであります。ですので,このクレームとすぐに照らし合わせができます。
 さらに,イ号は非侵害という結論だったので,今も変わりなく買うことができます。さらに,イ号以外の類似のトレーニング用の箸はたくさん売っております。子供用の箸なので,そんな高く有りません,簡単に手に入るのです。

 どうですか~,すごくいい事件でしょ。

(2)で,中身にいきます。
 上記のクレームと,判決最後の図を照らし合わせると,すぐにわかりますが,クレームの「第1パッド」と「第2パッド」に当たる部分が無いように思えます。

 で,このパッドですが,明細書を読むとわかりますが,子供の練習用ということで,普通の箸先だと掴みにくいということから,付加するもののようです。ですので,習熟が進むとパッドを取っても良いという旨の記載があります。
 ですので,普通の箸先がパッドに当たらないことは当然ですが,ちょっとした加工程度ではこのパッドに該当しないということもいたし方ないかなあという気もします。

 上で,ちょっとした論点があると書きましたが,それがこのパッドです。

 では判決に行きますかね(中身ねえ~♫)。なお,不競法関連は省略です。

3 判旨
 「 ・・・・前記アの各記載によれば,本件特許発明のパッドは,固形物をつかみ取るための部材であり,箸を使う能力に応じて取り外すことが可能とされている(同【0045】及び【0052】)。
  これにより,箸に慣れていない者や子供に箸を簡単に使えるようにする(同【0009】及び【0050】)とともに,箸の使い方を段階的に学ぶことができるものである(同【0010】,【0051】から【0054】まで)。
  また,前記従来技術(段落【0006】及び【図2】)と対比すると,本件特許発明は,① 箸部材の結合手段を取り外し可能とした点及び②箸先に取り外し可能なパッドを設けた点においてのみ相違する(進歩性を有する)ことが認められる。
ウ  本件特許発明における「パッド」の意義
  前記ア及びイの記載によれば,本件特許発明の「パッド」とは,通常の箸先とは異なるものであり,固形物をつかみ取るための部材(当て物)として箸先に取り付けられ,取り外しが可能なものであることが認められる。
エ  被告製品の構成及び構成要件充足性
  証拠(乙7)によれば,被告製品の箸先には滑り止め加工が施されていることが認められるものの,固形物をつかみ取るための部材(当て物)として箸先に取り付けられ,取り外しが可能な構成を有しているとは認められない。
  したがって,被告製品は「パッド」に相当する構成を有するものとは認められないから,構成要件B,D,G及びIを充足するとはいえない。」

4 検討
 ま,結論はこのとおりでしょう。パッドが無けりゃまさにドンピシャ。でもパッドが無けりゃ,進歩性が無く特許が取れない~♫まさに,この点もよくある特許の物語でございます~。

 なお,実は,原告ケイジェイシーというのは,エジソンの箸を売っていることで有名です。被告もそれなりに,同じ分野の有名企業ですので,判決の最後の両者の製品を見比べると面白いと思いますね。
 あと,原告P1と原告ケイジェイシーとの関係はよくわかりません。専用実施権は無いようですので,単なる通常実施権のライセンサーとライセンシーでしょうかね。
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理論物理学者を志望したのはもう30年近く前のこと。某メーカーエンジニアを経て,弁理士に。今は,弁護士です。
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