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知財,特に特許を中心とした事件を扱っている理系の弁護士の雑記帳です。知財の判決やトピックについてコメントしたいと思っております。

1 概要

 本件は,「ビタミンDおよびステロイド誘導体の合成用中間体およびその製造方法」という名称の発明に関する特許第3310301号の特許権(本件特許権)の共有者の1名である原告(中外製薬)が,被告DKSHの輸入販売に係る別紙物件目録1記載のマキサカルシトール原薬(被告製品1),並びに被告岩城製薬,被告高田製薬及び被告ポーラファルマの販売に係る別紙物件目録2記載(1)ないし(3)の各マキサカルシトール製剤(被告製2(1)など)の製造方法である別紙方法目録記載の方法 (被告方法),本件特許に係る明細書の特許請求の範囲の請求項 13に係る発明(本件発明)均等であり,その技術的範囲に属すると主張して,特許法233,100 1,2項に基づき,被告製品の輸入,譲渡等の差止め及び廃棄を求める事案です。

 

 これに対して,東京地裁民事29部(嶋末さんの合議体ですね。)は,原告の請求をすべて認容しました。つまり,均等侵害を認めたのでした。

 

 クレームを見ましょう(訂正発明の方です。)。

 

 「A-1 下記構造を有する化合物の製造方法であって:

 省略

 A-2’ (式中,n1であり;

 A-3’ R1およびR2はメチルであり;

 A-4’ WおよびXは各々独立に水素またはメチルであり;

 A-5’ YOであり;

 A-6’ そしてZ,:省略

のステロイド環構造,または式:省略

 のビタミンD構造であり,Zの構造の各々は,1以上の保護または未保護の置換基および/または1以上の保護基を所望により有していて もよく,Zの構造の環はいずれも1以上の不飽和結合を所望により有していてもよい)

 B-1 (a)下記構造:省略

(式中,W,X,YおよびZは上記定義の通りである)

を有する化合物を

 B-2 塩基の存在下で下記構造:省略

を有する化合物と反応させて,

 B-3 下記構造:省略

を有するエポキシド化合物を製造すること;

 C (b)そのエポキシド化合物を還元剤で処理して化合物を製造すること;および

 D (c)かくして製造された化合物を回収すること;

 E を含む方法。

 薬の製造方法の発明ですね。商品名はオキサロール軟膏らしいです。

 

 で,問題は,上記のとおり,経緯はわからないのですが,均等侵害です(無効の主張もあるのですが,これはさすがにマニアックな話なので,省略。)。
 文言侵害ではなく,均等侵害が何故問題になったのか,かなり正確な被告方法の開示がないと,こうは行かないと思いますが,そこは味な訴訟指揮があったのかもしれませんね。
 で,具体的には,「出発物質及び中間体にトランス体のビタミンD構造の化合物を用いる被告方法が,訂正発明においてシス体のビタミンD構造の化合物を用いる場合と均等なものといえるか」です。

 

2 問題点

 問題点は,上記のとおり,本件発明はシス体,被告方法はトランス体と,両者異なるのだけど,これが均等か?ってことですね。

 

 まあ均等論自体はいいですよね。年に1件くらい均等が問題となった事件はありますが,認められたのは結構久々のような気がしますね。

 

 で,本件では,方法の発明であることも注目です。物の発明については,絶対数は少ないのですが,均等侵害が認められたパターンはそこそこあると思います。でも,方法の発明での均等侵害って非常に稀有じゃないですかね。

 ただ,方法の発明と言っても普段の物の発明と基本変わる所はないと思います。ちょっと違ってはいるけど,こりゃどう見ても同じじゃんというときの救済策ですからね。

 

 で,本件でも規範関係で,特段特筆するような所はないと思います。ただ,具体的に,上記のとおり,構成要件ではシス体のみに限っているのに,トランス体も同じかってところは議論の余地があると思います。

 シス体とトランス体って高校の化学でも出てきますので,そんな難しい話じゃないと思います。高校では,鏡に写したような光学異性体って感じで,有機化学の所で出てきた記憶があります。

 まあ要するに,有機物質のような高分子化合物って,こういう二次元平面で書くと,正確に書ききれない,つまりこの面の表側や裏側に飛び出した部分があることが殆どなのですね。炭素の二重結合のポテンシャルエネルギーの低い所が,2箇所あるというのが遠因でしょう。ま,この辺は専門家に聞いた方が早いでしょうけど。

 で,そのシス体とトランス体って,違うことは違いますが,似ていることも確かで,その違いが均等の範囲に入るかという点に関わると思います。で,その似ている加減って当該物質次第のような気がしますね。

 つまりは,シス体とトランス体で結構化学的性質が違うものなら,なかなか均等とならないだろうし,よく化学的性質もさほど違わないなら,均等でよいのかなあって思います。

   出発物質は,上記左がシス体です(本件発明)。この図で,一番下のベンゼン環の右上の二重結合のみを左上に動かしたのが,右のトランス体となります(被告方法)。

 

 つまりは,基本,この程度の違いなわけですね。それで裁判所がどう判断したかって所が気になります。とっとと判決に行きましょう。

 

3 判旨

・均等第一要件「特許法が保護しようとする発明の実質的価値は,従来技術では達成し得なかった技術的課題の解決を実現するための,従来技術に見られない特有の技術的思想に基づく解決手段を,具体的な構成をもって社会に開示した 点にあるから,明細書の特許請求の範囲に記載された構成のうち,当該特許発明特有の解決手段を基礎付ける技術的思想の中核をなす特徴的部分が特許発明における本質的部分であると理解すべきである。

 まず,訂正発明のうち,原告が被告方法と対比している場合(マキサカルシトールを目的物質とし,本件試薬を使用する場合),出発物質(構成要 件B-1)と本件試薬を塩基の存在下で反応させて中間体のエポキシド化合 物(構成要件B-3)を製造し(以下「第1段階の反応」という。),同エポキシド化合物を還元剤で処理して(エポキシ環を開環して),マキサカルシトールを得る(構成要件C。以下「第2段階の反応」という。)ことからなるものである。

 そして,訂正明細書(15)には,訂正発明の解決すべき課題,訂正発明の目的,訂正発明の効果につき明確な記載はなく,「下記構造......を有する化合物の製造方法は新規であり......多様な生理学的活性を有することがで きるビタミンD誘導体の合成に有用である。」(訂正明細書25)と記載 されているにすぎないが,訂正明細書の「発明の背景」の記載(訂正明細書 15~16)や実施例の記載(訂正明細書49~57)を総合すると, 訂正発明は,従来技術に比して,マキサカルシトールを含む訂正発明の目的 物質を製造する工程を短縮できるという効果を奏するものと認められる(・・・)

 ここで,訂正発明が工程を短縮できるという効果を奏するために採用した 課題解決手段を基礎付ける重要な部分(訂正発明の本質的部分),ビタミンD構造又はステロイド環構造を有する目的物質を得るために,かかる構造 を有する出発物質に対して,構成要件B-2の試薬(本件試薬を含む。)を塩基の存在下で反応させてエポキシド化合物を製造し(1段階の反応), 同エポキシド化合物を還元剤で処理する(エポキシ環を開環する)(2段 階の反応)という2段階の反応を利用することにより,所望の側鎖(マキサカルシトールの側鎖)を導入するところにあると認めるのが相当である。

(3) 被告らは,出発物質がビタミンD構造の場合,シス体を用いることと構成要件B-2の試薬(本件試薬を含む。)を用いることの組合せが訂正発明の特徴であり,出発物質がシス体であることも,訂正発明の本質的部分である旨主張する。

そこで,シス体とトランス体の意義についてみると,以下のとおりである。

 ビタミンD類の基本的な骨格として,側鎖を除いた, という構造を共に有している。 (構造省略)

この基本骨格には上部の二環から繋がる3つの二重結合があり,これを通常「トリエン」と呼ぶ。この「トリエン」は,二重結合部分では結合を軸と して回転することができない。そのため,ビタミンD類には,このトリエン 構造に由来する幾何異性体が下図に示すように2つ存在する。

 (下図省略)

 この左側のトリエンの並び方のものを「シス体」(5Z)といい,右側の 並び方のものを「トランス体」(5E)という。

 ビタミンD構造の出発物質がシス体であっても,トランス体であっても, 1段階の反応で,出発物質の22位のOH基に塩基の存在下で本件試薬と 反応させてエポキシド化合物を合成する下図のような反応

 (反応省略)

に変わりはなく,2段階の反応で,エポキシ環を開環してマキサカルシトールの側鎖を導入する下図のような反応

 (反応省略)

にも変わりはない。

 被告方法は,ビタミンD構造の出発物質に本件試薬を使用し,1段階の反応と第2段階の反応という2段階の反応を利用している点において, 訂正発明と課題解決手段の重要部分を共通にするものであり,出発物質及び中間体がシス体であるかトランス体であるかは,課題解決手段において 重要な意味を持つものではない。」

 

  均等第五要件

「被告らは,明細書に他の構成の候補が開示され,出願人においてその構成を記載することが容易にできたにもかかわらず,あえて特許請求の範囲に特定の構成のみを記載した場合には,当該他の構成に均等論を適用することは,均等論の第5要件を欠くこととなり,許されないと解するべきで あるところ(知財高裁平成24926日判決・判時2172106 [医療用可視画像の生成方法事件]),①訂正明細書に,出発物質とし て使用できる公知化合物の例として引用されている「国際特許公開公報W O90-09991(199097)およびWO90/09992 (199097)に記載された所望により水酸基が保護されている 9,10-セコ-5,7,10(19)-プレグナトリエン-1α,3β, 20β-トリオール」(訂正明細書30),そこに引用された国際特許公開公報(31,41)に対応する日本特許公表特許公報( 32,42)を見るとトランス体のビタミンD構造化合物であり, トランス体とシス体を明確に区別している,②目的物質であるマキサカル シトールは,シス体として医薬品の製造承認を受け,構造式においてもシス体であることが明記されている(5),③訂正発明の中間体のエポキ シアルキシ部分の水素原子は立体異性の配置をとるところ,構成要件B- 3はそれを表示するために,化学結合を波線で「〜H」と記載し,Hの付け根の立体構造がR体とS体の立体異性体の双方を含むことを明示している,④訂正明細書には,SO2により保護されたビタミンD構造の例として 左右2つの図が図示されており(訂正明細書28),これは単結合で回転した同一の化合物であるが,にもかかわらず右の図を記載したのは,SO2を脱離した後に生成するトランス体を意識したものである,等の点を指摘して,本件特許の出願人であるコロンビア大学及び原告(以下「出願人ら」という。)において,出発物質をシス体に意識的に限定したものである旨主張する。

 しかし,まず,上記①の点についてみると,訂正明細書に引用された文献の内容においてトランス体とシス体を区別していたとしても,訂正明細書の本文においてトランス体とシス体を明確に区別した記載がないことは上記のとおりであり,出願人らが出発物質をシス体に意識的に限定した根拠となるものではない。

 次に,上記②の点についてみると,目的物質がシス体であるからといって, 出発物質もシス体でなければならないわけではなく,出願人らが出発物質を意識的に限定した根拠となるものではない。トランス体の出発物質からシス体の目的物質を得る方法は公知であったが(1,2,32,4 2),訂正明細書にそのような他の構成の候補が開示されていたわけではないから,出願人らにおいて出発物質にトランス体を記載しなかったからといって,出発物質をシス体に意識的に限定したとまではいえない。

 対象製品等に係る構成が,特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたというには,出願人又は特許権者が,出願手続等において, 対象製品等に係る構成が特許請求の範囲に含まれないことを自認し,あるいは補正や訂正により当該構成を特許請求の範囲から除外するなど,対象製品等に係る構成を明確に認識し,これを特許請求の範囲から除外したと外形的に評価し得る行動がとられていることを要すると解すべきであり,特許出願当時の公知技術等に照らし,対象製品等に係る構成を容易に想到し得たにもかかわらず,そのような構成を特許請求の範囲に含めなかったというだけでは,対象製品等に係る構成を特許請求の範囲から意識的に除外したということはできないというべきである(知財高裁平成17年 第10047号同1 8925日判決[椅子式エアーマッサージ機事件]参照)

 上記③の点についてみると,R-S体の立体異性(鏡像異性)とシス体-トランス体の立体異性(幾何異性)とは性質が異なるものであるから,訂正明細書においてR体とS体の区別を前提とする記載があるからといって, 出発物質をシス体に意識的に限定した根拠となるものではない。

 上記④の点についてみると,被告らの指摘する図がトランス体を意識した記載であると認めるに足りる証拠はなく,SO2の付加により保護されたビタミンD構造について2種類の図(トランス体とシス体ではなく,同一の構造を回転させた図)を記載したからといって,出発物質をシス体に意識的に限定した根拠となるものではない。」

 

4 検討

 均等の第一要件については,最近知財高裁などでも使う,本質的部分=「明細書の特許請求の範囲に記載された構成のうち,当該特許発明特有の解決手段を基礎付ける技術的思想の中核をなす特徴的部分」という規範を使っております。これだと本質的部分はかなり限定されることになると思いますので,均等論が認められる可能性は高くなるわけですね。

 均等の第二から第四は着目すべきところがなく,省略しました。

 均等の第五要件ですが,被告側がよく主張する,容易にクレームできたのに,クレームしてないこと自体が意識的除外だ〜ということに対し,そうじゃないよ〜ちゅうことを示したのがポイントですかね。このことをはっきり判示した判決ってそんなに多くないのではないかなあと思います。

 

 まま,兎も角も,化学の分野におけるシス体とトランス体の違い(物質によると思いますが。)での均等論と,第一要件と第五要件で若干面白い所があるので,結構勉強になるかなあと思います。

 進歩性も重要だと思うのですが,いかんせんマニアックなので各自自習ですね。

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