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知財,特に特許を中心とした事件を扱っている理系の弁護士の雑記帳です。知財の判決やトピックについてコメントしたいと思っております。
1 概要
 本件は, 発明の名称を「誘電体磁器及びこれを用いた誘電体共振器」とする特許
第3830342号(平成12年6月26日,優先権主張基礎出願。同年9月18日特許出願,平成18年7月21日設定登録。本件特許。)の特許権者である原告に対し,被告は,平成22年8月4日,本件特許について無効審判請求(無効2010-800137号事件)をし,特許庁は,平成23年5月27日,本件特許を無効にする旨の審決をしました。これに対して,原告は,同年7月5日,審決取消訴訟(知的財産高等裁判所平成23年(行ケ)10210号)を提起した。原告は,同年9月30日,特許請求の範囲等の記載について訂正審判請求(訂正2011-390113号。後に,訂正請求とみなされた。以下「本件訂正」という。)をしたため,知的財産高等裁判所は,同年11月11日,平成23年法律第63号による改正前の特許法181条2項の規定により,同審決を取り消す旨の決定をし,この決定は後に確定しました。
  特許庁は,これを受けて無効2010-800137号事件の審理を再開し,平成24年4月18日,本件訂正を認め,審判の請求は成り立たない旨の審決をしました。
  これに対して,被告は,同年5月22日,審決取消訴訟(知的財産高等裁判所平成24年(行ケ)10180号)を提起し,知的財産高等裁判所は,平成25年7月17日,特許庁が無効2010-800137号事件について平成24年4月18日にした審決を取り消す旨の判決をし,この判決は後に確定しました。
  特許庁は,これを受けて無効2010-800137号事件の審理を再度再開し,平成25年10月25日,本件訂正を認める,本件特許の請求項1ないし5に係る発明についての特許を無効とする旨の審決(この審決が本件訴訟の対象となる審決。進歩性なし。)をしたため,これに対して,今度は原告が本件の審決取消訴訟を提起したわけです。

 いやあ,何度特許庁と知財高裁を往復すればいいんでしょう~。今回は,決着つくかな?恐らく,つくと思います。

 ほんで,知財高裁1部(設樂さんの合議体ですね。)は,原告の請求を認め,審決を取消しました。つまりは,進歩性がないとは言えないということです。

 色々ありましたが,今回進歩性の元となる引例って何?ってことが若干問題になったので取り上げました。

 まずはクレームです。
【請求項1】
金属元素として少なくとも稀土類元素(Ln:但し,Laを稀土類元素のうちモル比で90%以上含有するもの),Al,M(MはCaおよび/またはSr),及びTiを含有し,
組成式をaLn2OX・bAl2O3・cMO・dTiO2(但し,3≦x≦4)と表したときa,b,c,dが,
0.056≦a≦0.214
0.056≦b≦0.214
0.286≦c≦0.500
0.230<d<0.470
a+b+c+d=1
を満足し,結晶系が六方晶および/または斜方晶の結晶を80体積%以上有する酸化物からなり,前記Alの酸化物の少なくとも一部がβ-Al2O3および/またはθ-Al2O3
の結晶相として存在するとともに,前記β-Al2O3および/またはθ-Al2O3の結晶相を1/100000~3体積%含有し,1GHzでのQ値に換算した時のQ値が40000以上であることを特徴とする誘電体磁器。

 引例である甲1(特開平6-76633号)発明との一致点・相違点認定はこうでした。

一致点「金属元素として希土類元素(Ln),Al,M(MはCaおよび/またはSr)およびTiを含み,これらの成分をモル比でaLn2Ox・bAl2O3・cMO・dTiO2(但し,3≦x≦4)と表したときa, b, c, dの値が,
0.056≦a≦0.214
0.056≦b≦0.214
0.286≦c≦0.500
0.230<d<0.470
a+b+c+d=1
を満足する誘電体磁器。」

 相違点「 (ア)  相違点1
  本件発明1は,稀土類元素(Ln)が,Laを稀土類元素のうちモル比で90%以上含有し,1GHzでのQ値に換算した時のQ値(以下,単に「Q値」という。)が40000以上であるのに対して,甲1発明は,希土類元素についての限定がなく,Q値が40000以上と限定されない点
  (イ)  相違点2
  本件発明は,結晶系が六方晶および/または斜方晶の結晶を80体積%以上有する酸化物からなり,前記Alの酸化物の少なくとも一部がβ-Al2O3および/またはθ-Al2O3,の結晶相として存在するとともに,前記β-Al2O3および/またはθ-Al2O3の結晶相を1/100000~3体積%含有するものであるのに対して,甲1発明は,結晶系が不明である点 」

2 問題点
 問題点は,上記のとおりの進歩性で,さらにいえば,引例の認定になります。

 ということで,問題になった,29条1項3号と29条2項を併せて提示するとこんな感じです。

三  特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となつた発明
2  特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が前項各号に掲げる発明に基いて容易に発明をすることができたときは、その発明については、同項の規定にかかわらず、特許を受けることができない。

 上記の条文のとおり,進歩性は,何かの対象と比べて進歩性の有る無しを判断するわけです。その対象は,29条1項各号に掲げる発明であり,多くの場合は,3号,つまり刊行物に記載された発明ということになります。

 そうすると,ここからが条文の解釈になりまして,この「記載された」というのがどの程度?っていうのが問題になるわけです。

 この点については,特許庁の審査基準には,
「刊行物に記載された発明」は、「刊行物に記載されている事項」から認定する。記載事項の解釈にあたっては、技術常識を参酌することができ、本願出願時における技術常識を参酌することにより当業者が当該刊行物に記載されている事項から導き出せる事項(「刊行物に記載されているに等しい事項」という。) も、刊行物に記載された発明の認定の基礎とすることができる。すなわち、「刊行物に記載された発明」と は、刊行物に記載されている事項及び記載されているに等しい事項から当業者が把握できる発明をいう。
とあります。

 ま,審査基準は,単なるマニュアルで,特許庁の考える解釈に過ぎないわけですが,特段問題があるわけではなく,知財高裁もこの解釈を元にしていると思います。

 とは言うものの,本件のような細かい数値限定発明で,当事者間で実験証明書の応酬がされたような場合は,何が記載されている事項から導き出せる事項か?シッチャカメッチャカになりそうというのは見やすい理ですね。

 つまり,被告としては,引例の甲1から再現実験で本件発明を含むような物が作れたんだから,こりゃ甲1は前項各号に掲げる発明に当たるわいなと言い,他方原告としては,何言ってんの,あんたのやった実験は,甲1の記載そのものじゃねえーじゃん,導き過ぎだっちゅうのというわけだったのですね。

 で,裁判所はどう判断したんでしょう。

3 判旨
「エ  特許法29条1項3号は,「特許出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物に記載された発明・・・」については,特許を受けることができない旨規定している。同号の「刊行物に記載された発明」とは,刊行物に明示的に記載されている発明であるものの,このほかに,当業者の技術常識を参酌することにより,刊行物の記載事項から当業者が理解し得る事項も,刊行物に記載されているに等しい事項として,「刊行物に記載された発明」の認定の基礎とすることができる。
 もっとも,本件発明や甲1発明のような複数の成分を含む組成物発明の分野においては,甲1発明のように,本件発明を特定する構成の相当部分が甲1公報に記載され,その発明を特定する一部の構成(結晶構造等の属性)が明示的には記載されておらず,また,当業者の技術常識を参酌しても,その特定の構成(結晶構造等の属性)まで明らかではない場合においても,当業者が甲1公報記載の実施例を再現実験して当該物質を作製すれば,その特定の構成(結晶構造等の属性)を確認し得るときには,当該物質のその特定の構成については,当業者は,いつでもこの刊行物記載の実施例と,その再現実験により容易にこれを知り得るのであるから,このような場合は,刊行物の記載と,当該実施例の再現実験により確認される当該属性も含めて,同号の「刊行物に記載された発明」と評価し得るものと解される(以下,これを「広義の刊行物記載発明」という。)。
 これに対し,刊行物記載の実施例の再現実験ではない場合,例えば,刊行物記載の実施例を参考として,その組成配合割合を変えるなど,一部異なる条件で実験をしたときに,初めて本件発明の特定の構成を確認し得るような場合は,本件発明に導かれて当該実験をしたと解さざるを得ず,このような場合については,この刊行物記載の実施例と,上記実験により,その発明の構成のすべてを知り得る場合に当たるとはいうことはできず,同号の「刊行物に記載された発明」に該当するものと解することはできない。
オ  甲1公報には,上記実施例(甲1公報の試料No.35)である誘電体磁器については,その結晶構造についての明示的な記載はない。また,甲1公報の試料No.35は,そもそもQ値が39000であり,この点で本件発明の構成要件を充たすものではないから,その再現実験等によりその結晶構造を知り得たとしても,そもそも本件発明の全ての構成を示すものではない。すなわち,原告は,甲4報告書の実験において,試料No.35の再現実験を試みているが,甲1公報の試料No.35は,そもそもQ値が39000であるから,その再現実験をして,結晶構造を確認したとしても,本件発明の新規性を否定することはできない。また,甲35報告書により,甲1公報記載の試料No.35と比べ,甲1発明の範囲内でAl2O3のモル比が一部異なる試料を作製し,これにより作製した試料によって,その結晶構造やQ値を確認したとしても,それは甲1公報に記載された実施例そのものを再現実験したものではないから,前記エの理由により,この結晶構造等を広義の刊行物記載発明と認めることはできず,甲1公報記載の実施例と,甲35報告書によっても,本件発明の構成のすべてを知り得る場合に当たるとはいえない。
 以上によれば,本件発明は,甲1公報記載の上記実施例と,甲4報告書や甲35報告書から,その構成のすべてを知り得る場合に当たるとはいえず,本件発明は特許法29条1項3号の「刊行物に記載された発明」(広義の刊行物記載発明)には当たらないと解される。・・・

カ  次に,審決は,本件発明と甲1発明の相違点2について,甲1発明の試料No.35や甲4報告書及び甲35報告書における実験の結果から本件発明の相違点2に係る構成(結晶構造等の属性)を容易に想到し得ると判断し,これを前提として,選択発明における進歩性の検討(顕著な効果の検討)をしているとも解される。
 しかし,甲35報告書は,甲1発明の試料No.35とはその組成を異にした試料についての実験であるから,これによりその結晶構造が判明したとしても,前記の理由により,これを出願時の公知技術と同視することはできない。審決が,これを出願時の公知技術と同視して,容易想到性の判断をしたとすれば,その点で審決の判断は誤りである。・・・」

4 検討
 進歩性の判断は結構大部に渡るものですが,ポイントは上記の部分ですので,これだけにしました。
 まあ,ちょっとひねった再現実験なら,再現じゃねーじゃんってわけですね。そうすると,それから,おお!これはっていうのが出来たとしても,記載された発明には当たらないっていうことです。

 まあ,この事件は,逆転で進歩性が認められ,めでたしめでたしだったわけです。

 しかし,実は,上記の揉め方のとおり,これ,裏で侵害訴訟があったのです。
 その侵害訴訟は,平成26(ネ)10018 号(知財高裁平成26年9月25日判決)です。
 ほんで,これは見てもらうと分かるのですが,無効の抗弁成立で控訴棄却(請求棄却)となっております。原告としてはガーンですね。いや,勿論,審決取消訴訟と同日の判決ですから,同じ知財高裁1部の判断です。

 ですので,よく知っている人だと,え,同じ部に係属しているのに,審決取消訴訟が進歩性ありで取消し,侵害訴訟が進歩性なしで棄却ってそりゃおかしいじゃん!と思うでしょう。私もそう思いました。
 でもね,これ,引例が違うのです。上記のとおり,審決取消訴訟で問題になった甲1って,特開平6-76633号で,これは侵害訴訟でいう乙9です。実は,侵害訴訟の第一審(大阪地裁平成24年(ワ)第13084号,平成25年12月19日判決)では,この乙9で進歩性がないとして,請求棄却となっております。
 他方,侵害訴訟の第二審では,一審ではこれによって権利行使不能とは言われなかった乙1(特開平7-57537号)と同一,つまり新規性なし!と判断されたのです。ガーン!!
 一番最初に決着がおそらくつくだろうと書いたのは,これが理由です。侵害訴訟の事実審で勝利をおさめたのですから,これ以上無効審判ルートで争う実益はないわけです。

 審決取消訴訟では死に物狂いで,上記のとおり,甲1=乙9を成敗してくれたのに,肝腎の侵害訴訟では,ぽっと出の乙1にやられてしまったというわけです。
 これ何なの?ちなみに,大阪地裁での侵害訴訟の一審は,乙9のみの判断を示し,乙1についての判断を何もしておりません。侵害訴訟の原告にとっては,実に不意打ちじゃないですかねえ。
 どうなってんの~。普通,無効審判も甲1=乙9だったし,侵害訴訟も甲1=乙9だったんだから,そこに注力しますよね。それが,いきなり,ノーマークの乙1で,しかも新規性なしと来たもんだ~,酷いねえ。

 いやあ,これは上告受理の申立てしてもいいんじゃないかなあ,本当お粗末ですわ。

5 その他
 ほんで,この知財高裁の1部の判決を見ていると重要なことに気づきました。この前,東京地裁の民事29部から異動したはずの大須賀さんがまたまた異動になっております。

 今度は鹿児島地家裁の所長らしいです。何か急ですよね。これは高裁の部総括になる布石でしょうかね。それとも何かイレギュラーなことが起こっての左遷か~。下世話な私としては興味の尽きないところではありますが,特段情報があるわけでもなく,この辺で終わります。

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