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知財,特に特許を中心とした事件を扱っている理系の弁護士の雑記帳です。知財の判決やトピックについてコメントしたいと思っております。
1 概要
 本件は,本件発明に係る特許出願(本件出願)の願書に発明者の一人として記載されている原告が,本件発明は原告の単独発明であると主張して,本件出願の出願人である被告会社(新日鉄住金)に対し,主位的に本件出願の願書の補正手続を,予備的に本件発明が原告の単独発明であることの確認を求めるとともに,本件出願の願書に発明者の一人として記載されている被告Bに対し,本件発明が原告の単独発明であることの確認並びに発明者名誉権侵害の不法行為に基づく慰謝料150万円及びこれに対する不法行為の後である平成26年4月4日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案です。

 これに対して,東京地裁民事46部(長谷川さんの合議体です。)は,原告の請求をいずれも棄却しました。

 ま,上記の概要とおり,あ~あ職務発明のアレで揉めた事案ね,特許にならずに実施が無かったので,お金は0で相当対価請求訴訟できずにこんな感じでやっちゃったのね~,まあ大武田の知財部長曰くの,所謂エキセントリックな発明者事案ってやつですか~と思ったあなた!あなたはよくわかっているのかもしれませんが,汚れ過ぎています。

 私がこの判決を取り上げたのは,ええ,そうだっけ?!ちょっとおかしいな~という何か直感というか,そんなものがビビッと来たからです。

2 問題点
 知財における人格権(名誉権)としては,著作権関係が有名です。そう,単純に著作権というと,財産権のみ言うのですね。著作権法には明文で,人格権の規定があります(著作権法18~20条)。

 では,工業所有権である特許なんてどうなんでしょう?名誉権はあるのでしょうか?まあ,この点については,ある,というのが通説だと思いますよ。

 パリ条約第4条の3 「発明者掲載権  発明者は,特許証に発明者として記載される権利を有する。」

 というのが,あります。これは自己執行的規定と言われており,少なくともそういう権利はあるのです。

 ただ,それを越えて一般的な名誉権があるかどうかというと,結構議論があるところです。例えば,今回の事件でも問題になった,特許証ではなく願書だとか公開公報とかに発明者として掲載される権利があるかどうかです。

 この点については,東京地裁平成17年(ワ)8359号等(平成19年3月23日判決)で,冒認されたと,出願係属中の出願の発明者に対し(出願人は第三者。特許を受ける権利をこの第三者に譲渡したため,対抗できないと思われ,被告にできなかったと思われます。),名誉権を侵害されたと請求した事件です。

 この件については,出願中でもあったことから,被告から,「本願発明は新規性を欠くから,特許の要件を充たさない。そうである以上,原告A1の発明者名誉権の侵害はない。」との争点が提起されております。
 そして,東京地裁民事40部(当時市川さんの合議体です。)は,次のように判示しました。
 「(ア) 発明者名誉権について,特許法上の規定はないが,工業所有権の保護に関する1883年3月20日のパリ条約(以下「パリ条約」という。)4条の3は,「発明者は,特許証に発明者として記載される権利を有する。」旨規定している。特許法26条は,「特許に関し条約に別段の定めがあるときは,その規定による。」としていることから,パリ条約4条の3は,我が国において直接適用されることになる。
 また,特許法においても,①特許権の設定登録があったときに,特許庁長官が特許権者に特許証を交付すること(28条1項),及び特許証には発明者の氏名を記載しなければならないこと(同法施行規則66条4号),②特許を受けようとする者が特許出願に際して提出する願書に発明者の氏名及び住所又は居所を記載すること(36条1項2号),③発明者の氏名を出願公開の特許公報の掲載事項としたこと(64条2項3号),④発明者の氏名を特許公報の掲載事項としたこと(66条3項3号)といった規定が存在しており,これらは,発明者が発明者名誉権を有することを前提とし,これを具体化した規定であると理解される。
 したがって,発明者は,発明完成と同時に,特許を受ける権利を取得するとともに,人格権としての発明者名誉権を取得するものと解される。
 また,上記②及び③のとおり,願書及び公開特許公報に発明者の氏名等を掲載すべきとされていることは,発明者名誉権を具体化した規定であると解されること,出願に係る発明につきたとえ特許がされても,後に無効審判請求等によって無効とされる可能性があることを考慮すると,特許要件ないし無効理由の有無によって発明者名誉権の保護の有無を決することは,同権利の保護を不安定なものにするものというべきことなどを考えると,いまだ登録されず,出願手続が特許庁に係属中のものであっても,又は当該出願に係る発明が特許要件を満たさない可能性があるとしても,発明者名誉権の法的保護は及ぶと解すべきである。

 この平成17年(ワ)8359号等の事案は,本件とは異なります。本件では,係属中ではなく,拒絶が確定してしまった事案です。他方,この平成17年(ワ)8359号等の事案はまだ係属中なのですね。
 でも,平成17年(ワ)8359号等は,結論を出す理由に,「特許要件ないし無効理由の有無によって発明者名誉権の保護の有無を決することは,同権利の保護を不安定なものにするものというべきことなどを考えると」とあります。
 つまり,特許要件があるかないか,結局特許されずに終わったかどうかなんて考慮すると,係属中にこういう訴訟を起こさないといけないってことになるし,引例との差とか記載要件とか,発明そのものの価値とは実はあまり関係のないことで,名誉権の帰趨が決まることになり,妥当でもないと思われたわけですね。

 で,こういう風に書くということは・・・?,本件では予想つきますね。

3 判旨
「  そこで判断するに,不法行為による損害賠償請求が認められるためには侵害されたとする権利ないし利益が法律上保護されたものであることを要するところ(民法709条参照),発明をした者がその氏名を特許証(特許法28条1項)等に「発明者」として記載されることは,発明者の名誉といった人格的利益に関するものであって,法的に保護されるとみる余地がある。しかし,このような発明者名誉権は飽くまでも特許制度を前提として認められる人格権であるから,単に発明(特許法2条1項参照)を完成することにより当然に法的に保護されることになるものではなく,発明が新規性,進歩性等の特許要件を充たさず,特許を受けることができないとする旨の拒絶査定が確定した場合には,当該発明の完成により発明者名誉権が発生したとしても,これが法的に保護され,その侵害が不法行為となることはないと解するのが相当である。 」

4 検討
 この判決は,上記の東京地裁平成17年(ワ)8359号等とは事案が異なります。ですので,このような判旨であっても先例と矛盾することはありません,形式的にはね。でも,東京地裁平成17年(ワ)8359号等の趣旨というか,そういう感じには真っ向から反対するようなものですよね。

 勿論,名誉権という人格的利益といえども,発明の価値が大きいか小さいかに全く関係ないというわけではないと思います。
 でも,特許になるかどうかって,知財部の巧拙,弁理士の巧拙などの不安定な要素がつきまといます。例えば,日本の場合,審査請求をしないと取下げ擬制となり,その段階でオジャンになってしまいます。どんなに新規性があり,進歩性があったとしてもです。
 そのような事情があるのに,この判決のように,拒絶査定確定で,全部なし!ってするのは行き過ぎのような気がしますね~,実に。
 じゃあ,知財部と発明者が揉めそうな事例って,もう面倒だから,わざと拒絶査定に誘導し,実施の相当対価も,名誉権も全部無くしてしまおう,是非そうしようと私のような卑劣な人間は思うし,私が顧問弁護士でそのような相談が来たら,そうアドバイスしますよね。

 いやあ,これをおかしいと思える私の方がおかしいですかね~。この判決とおりだとすると,上記の変な知財部員や変な顧問弁護士のように,変な方向にインセンティブが働いてしまうのですよ!これはやっぱりそういうインセンティブを働かないようにするために,拒絶査定が確定しようがしまいが,ある程度の名誉権は存在するという結論にしないといけないと思いますね。

 幸い,この事案は弁護士が代理人として就いております。そして,今日の時点でも控訴期間は過ぎてないと思われます。是非,控訴してもらいたいです。いやあ,こんなんで確定してもらっちゃ,これからの知財実務が歪んだものになってしまいますわ。

5 追伸~控訴審について
 本件事案について,控訴審の判断が出ました(知財高裁の一部で設樂さんの合議体です。)。
 控訴棄却です。知財高裁平成26(ネ)10099号(平成27年3月11日判決)です。

 上記のとおり,私としては,知財部の巧拙,弁理士の巧拙などの不安定な要素により,発明者名誉権があったり無かったりするのはおかしいということを思った次第です。

 で,控訴審はここについてどう判断したかというと,
そこで判断するに,不法行為による損害賠償請求が認められるためには侵害されたとする権利ないし利益が法律上保護されたものであることを要する(民法709条参照)。発明をした者が,その発明について特許を受け,その氏名を特許証に「発明者」として記載されることは,発明者の名誉といった人格的利益に関するものであって,法的に保護されるものである(発明者名誉権。特許法26条,工業所有権の保護に関するパリ条約4条の3参照)。しかし,このような発明者名誉権は飽くまでも特許制度を前提として認められる人格権であるから,発明(特許法2条1項参照)を完成することにより生じる人格的利益がすべて当然に法的に保護されることになるものではない。発明が新規性,進歩性の特許要件を充たさず,特許を受けることができないとする旨の拒絶査定が確定した場合には,当該発明の完成により発明者の人格的利益(名誉)が生じたとしても,一般的には,その社会的評価は法的保護に値する程高くはないことが多く,そうではないことなどの特段の事情がない限り,その侵害が不法行為になるとまではいえないと解するのが相当である。
 これを本件についてみるに,証拠(甲3,乙6の1~7)及び弁論の全趣旨によれば,本件発明(当然ながら本件出願の願書に記載された発明に限られる。)は,本件拒絶査定が確定しているだけでなく,引用文献から容易に想到することができたもので,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであることが明らかであったものと認められ,その発明に対する社会的評価が高かったことなどの特段の事情を認めるに足りる証拠はない。

 まあ,一審よりはマシですね。一審では,兎に角例外なく,拒絶が確定したら,すべてオジャンだとしたわけです。
 他方,二審の方は,原則一審のとおりなんだけど,例外的に保護される余地を残しました。「その発明に対する社会的評価が高かったことなどの特段の事情」がある場合には,拒絶が確定しても,法的に保護されることもある,ってわけです。

 まあ,これはこれで致し方ないような気がしますね。本件の場合,上記のあてはめのとおり,こんなんで特許は受けられないでしょ~というレベルの発明だったようですのでね。

 ですが,発明のポテンシャルが高く,にも関わらず,意地悪ないし無能な知財部や長いものには巻かれろタイプないし無能な弁理士によって拒絶が確定したような発明には,救済の余地が出てきました。

 とは言え,バリバリ理系の人からすると,何コレ,結局事案によって玉虫色ってわけで,裁判官の胸先三寸で決まるっちゅうのは,気色悪いなあと思うかもしれません。
 でも,司法ってこんなもんですよ。
 世の中,袖すり合うも他生の縁って言うように,多くの人間の中で生きているわけですので,絶対的に何が正しいとか何が悪いとかあり得ません。その場しのぎの調整だけですべてのトラブルというのは解決できるのではないかと思います。そう,取り敢えず,でいいのです。

 それ以上のことは・・・あまり望まない方がいいと思いますよ。そのように望む人は,大抵そのうち狂気じみた大量殺人に向かいますのでね。
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