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知財,特に特許を中心とした事件を扱っている理系の弁護士の雑記帳です。知財の判決やトピックについてコメントしたいと思っております。
1 概要
 本件は,特許協力条約に基づいて行った国際特許出願について,国内書面提出期間内に明細書及び請求の範囲の翻訳文(明細書等翻訳文)を提出しなかったため,特許法184条の4第3項により国際特許出願が取り下げられたものとみなされた原告(サムソン)が,特許庁長官に対し,国内書面提出期間内に明細書等翻訳文を提出できなかったことについて「正当な理由」があるとして,同条4項により明細書等翻訳文を提出するとともに(本件翻訳文提出手続。),特許法184条の5第1項に規定する国内書面を提出したところ(本件国内書面提出手続),特許庁長官が,平成26年3月27日付けで,本件各手続についていずれも却下する処分(本件各却下処分)をしたため,本件各却下処分の各取消しを求める事案です。

 これに対して,東京地裁民事47部(沖中さんの合議体ですね。)は,原告の請求を棄却しました。

 まあ,ときどきある特許事務所のしくじりパターンですね。とは言え,原告がでかい会社で,しくじった特許事務所もでかい所なので,面白判決を紹介するこのブログのポリシーに合致したというわけです(知財のマジメ判決系は後継ブログのみです。)。

 で,問題点は,上記のとおりです。期限を徒過したのだけど,「正当な理由」があるかどうかです。

2 問題点
 まずは,条文です。特許法184条の4です。
(外国語でされた国際特許出願の翻訳文)
第百八十四条の四  外国語でされた国際特許出願(以下「外国語特許出願」という。)の出願人は、条約第二条(xi)の優先日(以下「優先日」という。)から二年六月(以下 「国内書面提出期間」という。)以内に、前条第一項に規定する国際出願日(以下「国際出願日」という。)における条約第三条(2)に規定する明細書、請求 の範囲、図面(図面の中の説明に限る。以下この条において同じ。)及び要約の日本語による翻訳文を、特許庁長官に提出しなければならない。ただし、国内書面提出期間の満了前二月から満了の日までの間に次条第一項に規定する書面を提出した外国語特許出願(当該書面の提出の日以前に当該翻訳文を提出したものを 除く。)にあつては、当該書面の提出の日から二月(以下「翻訳文提出特例期間」という。)以内に、当該翻訳文を提出することができる。
・・・
3  国内書面提出期間(第一項ただし書の外国語特許出願にあつては、翻訳文提出特例期間。以下この条において同じ。)内に第一項に規定する明細書の翻訳文及 び前二項に規定する請求の範囲の翻訳文(以下「明細書等翻訳文」という。)の提出がなかつたときは、その国際特許出願は、取り下げられたものとみなす。
4  前項の規定により取り下げられたものとみなされた国際特許出願の出願人は、国内書面提出期間内に当該明細書等翻訳文を提出することができなかつたことについて正当な理由があるときは、経済産業省令で定める期間内に限り、明細書等翻訳文並びに第一項に規定する図面及び要約の翻訳文を特許庁長官に提出することができる。

 PCT出願というのは,まあ特許実務者なら誰でも知っているでしょう。よく国際特許と間違われて使われてるやつでもあります。

 要するに各国毎の手続きは面倒くさいので,まとめて出願できるようにした,ってやつです。
 とは言え,まとめたのは出願だけなので,権利が欲しいという国については,結局,それぞれの国独自の手続きをせねばなりません。
 そりゃそうですね。夢見るクソサヨクの願望とは裏腹,世の中国境だらけですからね。

 じゃあ何がメリットかというと,出願の国数が多くなると,バラバラに出願するよりも多少安くなるというお金のメリット,あと,翻訳文の提出が,30ヶ月(2年6月)と1年半伸ばせるということですね(パリルートでバラバラに出願する場合は,優先権を1年内に主張して出願しないといけないので。)。

 で,今回問題になったのは,後者の話です。つまり,原告のサムソンは30ヶ月内に翻訳文を提出せず,取り下げ擬制となってしまったわけです。

 そうすると,4項にいう「正当な理由」があるか気になります。

 実は,この規定は結構最近に改正されたものです。平成23年改正法です。

 この時の所謂解説本には以下のように載っております。

ⅰ 救済を認める要件について
 PLT 第12条⑴43は、加盟国に対し、手続期間を徒過した場合の救済を認める要件として「Due Care(いわゆる『相当な注意』)を払っていた」又は、「Unintentional(いわゆる『故意ではない』)であった」のいずれかを選択することを認めている。「Unintentional」を採用すると救済の幅が広がり過ぎる懸念があるが、諸外国の立法例においては、「Due Care」が比較的低額な手数料と組み合わされているのに対し、「Unintentional」を比較的高額な手数料と組み合わせることで、制度の濫用を防ぎ、真に救済が必要なもののみが救済されるよう配慮しているようである。
 我が国においては、既存の救済手続がこれまで手数料を徴収していないことから、今回の救済手続についても手数料は無料とすることとし、それを前提に第三者の監視負担に配慮しつつ実効的な救済を確保できる要件として、「Due Care」を採用することとした。そして、具体的な条文の文言は、行政事件訴訟法第14条第1 項等の規定に倣い、「その責めに帰することができない理由」に比して緩やかな要件である「翻訳文を提出することができなかつたことについて正当な理由があるとき」とした。」(H23改正本p181)

 つまり,正当な理由とは,「Due Care」のことであり,これは,『相当な注意』を払っていたことであると,立法者は考えていたってことです。民法的に言えば,善意・無過失パターンでしょうね。

 となると,原告,と言っても,サムソンほどの大きな会社が外国出願を現地代理人を通さずにやるわけがありませんから,サムソンの頼んだ特許事務所がきちんとやっていたかどうかってことがポイントになるわけです。

3 判旨
「2 特許法184条の4第4項所定の「正当な理由」の有無について
上記1の業務管理態勢及び受信メールの処理手順の定めを前提に,原告が本件国内書面提出期間内に翻訳文提出手続を行わなかったことにつき「正当な理由」があるか検討する。
(1) 原告は,本件期間徒過の直接の原因につき,本件特許事務所において受信班の受信第1担当者が,本件メールを,日付フォルダ直下の「新件午後」フォルダへ移動すべきところ,誤って日付フォルダ直下の「印刷済み」フォルダに移動したためであるとしつつ,同ミスを回避することはできなかった旨主張し,本件特許事務所の従業員が作成した陳述書にも同様の記載がある。
 そこで検討するに,上記1(2)で認定した受信処理の手順の定めによれば,ALPの共有端末から本件特許事務所内のネットワーク上への受信メールの移動は,受信班のスタッフが手作業で行うのであるから,移動先のフォルダを誤るミスが生じ得ることは容易に予想される。それにもかかわらず,本件特許事務所においては,受信第1担当者が,ALPの共有端末から本件特許事務所内のネットワーク上の日付フォルダ直下の「新件午後」フォルダ直下に全ての受信メールを移動したことについて,何らこれを確認する態勢を採っていなかったのであって(上記1(2)イ),その結果,本件期間徒過に至ったものである。
 また,上記1(2)の手順の定めによれば,まず,受信第1担当者が受信メールの件数をカウントし,受信第2担当者においてそれが正しいことを確認した上で(上記1(2)ア),その後,印刷担当者が「新件午後」フォルダ直下にある受信メールを印刷し,これを「新件午後」フォルダ直下の「印刷済み」フォルダに移動した後,受信第1担当者が受信メールの印刷物の件数及び内容と受信メールの件数及び内容とを確認する作業を行うのであるから(上記1(2)ウ,エ),受信第1担当者が定められた手順どおりに受信メールの印刷物の件数と受信メールの件数とを対照していれば,本件メールが印刷されておらず,その受信処理においてミスがあったことは容易に判明したはずである。このように,本件期間徒過の原因についての原告の主張を前提とすると,本件特許事務所は,受信第1担当者による受信メールの移動ミスに気付くことができたはずの機会があったにもかかわらず,これを看過したこととなるのであって,本件特許事務所において上記1(2)の手順の定めが遵守されていたのかについても疑問がある。
 以上によれば,本件期間徒過について「正当な理由」があったとはいえない。
(2) これに対し,原告は,①本件特許事務所が,人員配置や作業マニュアルの策定を含め受信メールの処理が確実に行われるような業務管理態勢を敷いていた,②メールサーバーの障害により受信第1担当者の精神的負担が増しており,受信処理のミスの発生を回避できなかったなどと主張する。
 しかしながら,上記①について,上記(1)で説示したところによれば,本件特許事務所の業務管理態勢が適切であったとは認められない。
 また,上記②については,本件メールの送受信はいずれもメールサーバーの障害が回復した後に行われているのであって,メールサーバーの障害と本件期間徒過との間の因果関係を認めるに足る証拠はない(かえって,本件回復理由書及び本件弁明書にはメールサーバーの障害についての記載が一切ないことに鑑みると,かかる主張は,本件期間徒過を正当化するための後付けの主張にすぎないとも考えられる。)。なお,仮にメールサーバーの障害と本件期間徒過との間に何らかの関係があったとしても,上記(1)で説示したとおり,本件特許事務所において,第1受信担当者が受信メールをALPの共有端末から「新件午後」フォルダに移動させる段階でこれを再確認する態勢を講じ,あるいは,定められたとおりの作業手順で確認を行っていれば,本件期間徒過は回避できたはずであるから,やはり本件期間徒過につき「正当な理由」があるとは認めることができない。
 したがって,原告の主張は,いずれも採用することができない。
 なお,原告は,「正当な理由」について,①期間徒過が生じる前に状況に応じたしかるべき措置を講じていたこと,②同措置の下で,予見・回避し得なかった期間徒過が生じたことと解釈すべきであると主張するが,以上の説示に照らせば,「しかるべき措置を講じていた」とも「予見・回避し得なかった期間徒過が生じた」ともいえないことは明らかである。
(3) したがって,国内書面提出期間内に本件翻訳文提出手続を行うことができなかったことについて「正当な理由」(特許法184条の4第4項)があったとは認められず,その結果,本件国内書面提出に係る手続については出願の取下擬制(特許法184条の4第3項)により客体が存在しないこととなるから,本件各却下処分はいずれも適法である。」

4 検討
 裁判所における「正当な理由」の解釈はありません。多少残念です。
 最後の方に判示したのは,原告が,「「正当な理由」の文言を導入する契機となった特許法条約12条1項の“Due Care”の国際的な解釈によれば,「正当な理由」は,①期間徒過が生じる前に,状況に応じたしかるべき措置を講じていたこと,及び②同措置の下で,予見・回避し得なかった期間徒過が生じたことで足りると解される。」と主張したから,その応答をしたまでということのようです。

 まあ原告というか,特許事務所は色々言っておりますが,これは仕方がないでしょう。
 ちなみにどこの特許事務所かということなのですが,判旨には思い切り書いておりますので,見ればわかります。私は裁判所にならって,本件特許事務所と言っておきます。

 この本件特許事務所ですが,私がよく見る暇人弁理士さんのブログによると,現在日本一の特許事務所になったようですね。ついに弁理士数が100人を超えたようです。
 私の記憶が確かなら,もう少し前には,パナソニックと日立のインハウスがワンツーだったと思いますが,弁理士法改正の影響か(利益相反が緩やかになった),通常の事務所がトップ3まで来ております。

 あと,判旨によるとこの本件特許事務所は,「約650人のスタッフが在籍し」ているらしいです。

 この中に弁理士数は含みますから,つまりは500人以上は,弁理士じゃない人達ということになります。

 ところで,弁理士業界って非常に特殊で,特に身内の非弁に甘い業界なのですが,事務所に20人くらいスタッフがいるのに,弁理士は所長一人だけ~♬という,弁護士からすると椅子から転げ落ちるような体制の事務所もかつては数多くありました。

 というのは,弁理士法が平成20年(結構最近ですよね。)に改正されるまで,事務所内での非弁(無資格者,特許技術者なんて名前で呼ばれてるようですよ~♬)への名義貸しが,何と法律により規制されていなかったのです(現行弁理士法31条の3)。

 酷い話ですよね。内部での規則レベルでの規制はあったのですが,法律レベルでは無かったのです。
 特許庁は特にオカンムリで,例えば審査の面談のときに無資格者がやってきたら,会わない!ということも多くありました。とは言え,文系の,全く明細書も書いておらず,技術もさっぱりわからないという所長が来てもどうしようもない話ではあったのですがね。

 H13年に試験制度が改正され,弁理士試験の難易度を急降下させたのは,こういうことが理由の一つです。
 上記のとおり,文系の営業担当の所長弁理士が一人居て,難関理系大を出た無資格の明細書作成係(元メーカーエンジニアとか)をこき使うというような図式での様々な矛盾が露呈してきたわけです。

 ま,私は別にこんな話で何かを糾弾するつもりはありません,いつもながら~。
 でもお客側の知財協に加盟しているような一流大企業もこういうことは見て見ぬふりですよ(私の元いた会社も含めてね。)。
 だって,企業からすると,安く買い叩ければそれでいいのですから。明細書を弁理士に書いてもらい金が高くなるんだったら,無資格者に書いてもらって安い方がいいですよね。だって,弁理士と無資格者に明細書の質の違いはないのですもの。

 私が元いた会社も,弁理士と無資格者を差別することなく,平等にランキング付して,報酬に差をつけておりました。勿論,私はそのころ,インハウスの弁理士でしたから,こんなのやってらんねーなあとずっと思っていたことは内緒です。

 おっと,話が随分逸れてしまいました。別に本件特許事務所に何らかの問題があると言っているわけではありませんからね。念のため。弁理士業界ってこういう所だということです。

 ちなみに,本件特許事務所に何らかの問題が全くないわけではありません。こうして,正当な理由が認められなかったのですからね。
 だって,弁護士の業界で言えば,西村あさひ事務所が,大型の訴訟案件について,控訴期間を徒過させて負け判決を確定させた!というようなもんですからね。そりゃ責任は大きいですよ。こういうのって業界全体の信用に関わるのですよねえ~。
 兎も角も心してやってもらわないと。

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理論物理学者を志望したのはもう30年近く前のこと。某メーカーエンジニアを経て,弁理士に。今は,弁護士です。
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