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知財,特に特許を中心とした事件を扱っている理系の弁護士の雑記帳です。知財の判決やトピックについてコメントしたいと思っております。
1 概要
 本件は,平成17年3月25日,発明の名称を「ポリイミドフィルムおよびそれを基材とした銅張積層体」とする特許出願(特願2005-88334。パリ条約による優先権主張日:平成16年3月30日,優先権主張国:日本。)をし,平成22年8月11日,その一部につき分割出願をし(特願2010-180128),平成23年7月8日,設定の登録(特許第4777471号)を受けた被告(東レ・デュポン)に対し,原告(宇部興産)が,平成24年11月30日,本件特許の全てである請求項1ないし11に係る発明についての特許無効審判を請求したものの,特許庁は,上記審判請求を無効2012-800199号事件として審理を行い,平成25年7月30日,不成立審決審決(実施可能要件あり,サポート要件あり)をしたことから,これに不服の原告が審決取消訴訟を提起したものです。

 これに対して,知財高裁4部(富田さんの合議体ですね。)は,審決を取り消しました。つまりは,記載不備あり!と判断したわけですね。

 まずは,ポイントなるクレーム9です。
「【請求項9】
パラフェニレンジアミン,4,4’-ジアミノジフェニルエーテルおよび3,4’-ジアミノジフェニルエーテルからなる群から選ばれる1以上の芳香族ジアミン成分と,ピロメリット酸二無水物および3,3’-4,4’-ジフェニルテトラカルボン酸二無水物からなる群から選ばれる1以上の酸無水物成分とを使用して製造されるポリイミドフィルムであって,該ポリイミドフィルムが,粒子径が0.07~2.0μmである微細シリカを含み,島津製作所製TMA-50を使用し,測定温度範囲:50~200℃,昇温速度:10℃/minの条件で測定したフィルムの機械搬送方向(MD)の熱膨張係数αMDが10ppm/℃以上20ppm/℃以下の範囲にあり,前記条件で測定した幅方向(TD)の熱膨張係数αTDが3ppm/℃以上7ppm/℃以下の範囲にあり,前記微細シリカがフィルムに均一に分散されているポリイミドフィルム。」

 ちなみに,この判決上,パラフェニレンジアミンがPPDで,4,4’-ジアミノジフェニルエーテルと3,4’-ジアミノジフェニルエーテルと4,4’-ジアミノジフェニルエーテルがODAで,ピロメリット酸二無水物がPMDAで,3,3’-4,4’-ジフェニルテトラカルボン酸二無水物がBPDAという略称で呼ばれます。
 
 つまり,本件のポリイミドフィルムは,芳香族ジアミン成分の候補としてPPDとODAを,酸無水物成分の候補としてPMDAとBPDAを,それぞれ1つ以上ピックアップし,特定の配合割合で用いるポリイミドフィルムというわけです。

 そうすると,単純計算で,以下の組み合わせが考えられます(3×3で9通り)。

 PPD,ODA/PMDA,BPDA
 PPD,ODA/PMDA
 PPD,ODA/     BPDA
 PPD    /PMDA,BPDA
 PPD    /PMDA
 PPD    /     BPDA
     ODA/PMDA,BPDA
     ODA/PMDA
     ODA/     BPDA

 漏れはないかなあ~。
 なので,この特許のポイントとして,これらの9つの組み合わせについて明細書にきちんと書かれているか,書かれなくても当業者にとって自明なくらい書かれてあるか,ということになりますね。

 なお,この特許はCOFの技術ですね。
 どんなやつかというと,典型的なのは,液晶TVのLCDの回りに張り付いてる駆動用ICなんかこの技術でくっついているのではないかと思います。

 ほんで,今回の特許は,「ところで近年,配線の微細化への対応で,銅貼り積層体は接着剤を用いない2層タイプ(ポリイミドフィルム上に銅層が直接形成)が採用されている。これはフィルム上へのめっき法により銅層を形成させる方法,銅箔上にポリアミック酸をキャストした後イミド化させる方法があるが,いずれもラミネーション方式のような熱圧着工程ではなく,したがってフィルムのMDの熱膨張係数をTDより小さくする必要は無くなり,さらには2層タイプで主流をしめるCOF用途では,フィルムのTDに狭ピッチで配線されるパターンが一般的で,逆にTDの熱膨張係数が大きいとチップ実装ボンディング時等で配線間の寸法変化が大きくなり,ファインピッチ化要求への対応が困難であった。これに対応するにはフィルムの熱膨張係数をシリコンに近似させるほどに小さくさせるのが理想であるが,銅との熱膨張差異が生じるのでチップ実装のボンディング時をはじめとする加熱される工程によりひずみが生じるという問題がある。・・・本発明は,上述した従来技術における問題点の解決を課題として検討した結果なされたものであり,金属に近似した熱膨張係数を保持しつつ,フィルムTDの寸法変化を低減させることができるCOF用などのファインピッチ回路用基板に好適なポリイミドフィルムおよびそれを基材とした銅張り積層体の提供を目的とするものである。」というものです。
 要するに,縦方向と横方向の熱膨張係数をうまい具合に調整し,Si半導体に合わせるとともに,銅配線に余分な歪みを生じさせないという,ある意味綱渡りの最適領域を設定したものなのです。

2 問題点
 上記のとおり,問題となったのは,芳香族ジアミン成分の候補としてPPDとODA,酸無水物成分の候補としてPMDAとBPDAの組み合わせがきちんと明細書に書かれているか,書かれていなくても自明かどうかがポイントです。
 
 何故か?それは,上記のとおり,クレームの文言には,9つのパターンが含まれているように見えるからです。

 ところで,この芳香族ジアミン成分の候補としてPPDとODAは,随分性質が違うのですね。判決を引くと,
「ポリイミドフィルムの熱膨張係数は,芳香族ジアミン成分と酸無水物成分の組合せに大きく依存する。特に,芳香族ジアミン成分のうち,PPDは分子が直線構造で剛直であるのに対し,ODAは自由に回転できるエーテル結合(-O-)があるために自由に屈曲できる分子構造である。そのため,PPDを多く配合すると,熱膨張係数は小さくなり,ODAを多く配合すると熱膨張係数は大きくなるので,両者の配合割合による熱膨張係数の調整が可能となる。」のです。

 つまり,PPDは剛直,ODAは自由~。この両方を使うことができると,ある程度臨機応変に数値をあわせることができるようです。
 他方,どちらか一方しか使わないとなると,硬直的にしか設定できないこととなり,ある意味やってみないとわからない所が出てくるわけです。

 原告の主張ですが,「PPD/BPDAの2成分系について化学イミド化法を用いたポリイミドフィルムの熱膨張係数は低いため,延伸をしない状態の熱膨張係数を6.5ppm/℃~13.5ppm/℃の範囲とすることができず,そのため,本件明細書に基づきポリイミドフィルムの製造過程で延伸によって,本件発明9のMDとTDの熱膨張係数の範囲に調整することはできない。また,PMDA/ODAやODA/BPDAの2成分系では逆に熱膨張係数の値が大きすぎて,延伸をしない状態の熱膨張係数を6.5ppm/℃~13.5ppm/℃の範囲とすることができず,そのため,延伸をしても,本件発明9のMDとTDの熱膨張係数の範囲に調整することはできない。」ということになってしまうようです。

 何かどこかで見たような感じですね。平成18年(行ケ)第10487号が典型の,相反する物理量をうまい範囲に収めようとしたら,明細書に書かれていないことまでクレームしてしまった~やつですかね。
 この事例は,特許庁の審判部主催の特許性検討会2008の第5事例で取り上げたものです。むーん,何でそんなマニアックなことを知っているかというと~♪化学の委員の欄を見て下さいな(オレオレ)。

 そうなると,何か結果が見えてきましたね。

3 判旨
「(5) ODA/PMDA,ODA/BPDAの2成分系ポリイミドフィルムについて
ア 甲8及び甲10によれば,4,4’-ODA/PMDA,4,4’-ODA/BPDAから製造される熱イミド化によるポリイミドフィルムは,熱膨張係数が小さくなるBifixの条件においても,熱膨張係数の数値は,それぞれ21.6ppm/℃,45.6ppm/℃であることが記載されている。
 また,甲13には,4,4’-ODA/PMDAから化学イミド化によるポリイミドフィルムを製造した際に,延伸倍率やニップロール使用の有無等の条件を変えることにより,実施例1~3及び比較例1~3について,別紙甲13の表の表1のとおり,平均熱膨張係数として27.5~40.0ppm/℃であったことが記載されている(段落【0044】,【0047】~【0059】,【表1】)。
 上記各文献に記載された熱膨張係数は,本件発明9の熱膨張係数の範囲と比べると相当程度大きい数値である。
イ そこで,特に熱膨張係数の数値の大きい4,4’-ODA/BPDA(前記アのとおり,甲8及び甲10によれば,Bifixの条件においても,熱膨張係数の数値は45.6ppm/℃である。)の2成分系ポリイミドフィルムについて検討する。
 一般に,膜厚を薄くすると熱膨張係数が小さくなることが知られているから(甲9。訳文1頁),甲8及び甲10のような熱イミド化によるポリイミドフィルムにおいて,膜厚を薄くすることでさらに熱膨張係数を下げることが可能であるとはいえるものの,どの程度まで下げることができるのかについて,本件明細書には具体的な指摘がされていない。
 また,熱イミド化によるポリイミドフィルムの場合には,固形分量が多くなり延伸することが困難とされている(甲13の段落【0018】)。そして,甲29の実施例5のように,約1.04倍程度の延伸が可能であるとしても,45.6ppm/℃の熱膨張係数を3~7ppm/℃という低い数値まで下げることが可能であるとする根拠はなく,本件明細書にも何ら具体的な指摘がない。
さらに,4,4’-ODA/BPDAの2成分系ポリイミドフィルムを化学イミド化により製造して,膜厚や延伸倍率等を調節したとしても,3~7ppm/℃という低い数値まで下げることが可能であるとする根拠はなく,本件明細書にも何ら具体的な指摘がない。
 被告は,この点について,ポリイミドフィルムについて最終的に得られる熱膨張係数は,延伸倍率に大きく影響されるほかに,延伸に際しての,溶媒含量,温度条件,延伸速度等多くの条件に影響され,またフィルムの厚さにも影響されることが甲9に記載されているから,ODA/BPDAの2成分系について,甲8のデータのみに基づいて,本件発明9の熱膨張係数の数値範囲を実現することができないと断定することはできない旨主張する。しかし,本件明細書は,具体的に溶媒含量,温度条件,延伸速度等をどのように制御すれば熱膨張係数が本件発明9の程度まで小さくできるのかについて具体的な指針を何ら示していない。本来,実施可能要件の主張立証責任は出願人である被告にあるにもかかわらず,被告は,本件発明9の熱膨張係数の範囲を充足するODA/BPDAの2成分系ポリイミドフィルムの製造が可能であることについて何ら具体的な主張立証をしない。
 したがって,本件明細書の記載及び本件優先日当時の技術常識を考慮しても,4,4’-ODA/BPDAの2成分系フィルムについては,本件発明9の熱膨張係数の範囲とすることは,当業者が実施可能であったということはできない。」

4 検討
 上記のとおり,PPD,ODA/PMDA,BPDAについては,臨機応変に対応ができる上,明細書にもよく書かれていたようです。
 さらに,PPD/BPDAの2成分系ポリイミドフィルムについても,何とかOKだったようです。
 しかし,ODA/BPDAの2成分系ポリイミドフィルムについては,どうすりゃあ,クレームの範囲内に数値を収めることができるのか,肝腎なところがさっぱり書かれてねえじゃねえ
か~このやろうってなわけですね。

 うーん,結論としてはわかりますねえ。致し方ないのかなあとも思います。

 でも,これ出願人の立場だったら,上記のとおり,9通りの組み合わせそれぞれについて,かなり複雑な実験をして,それぞれ書かないといけない!ってわけですかね。
 本件では,構成要件が,芳香族ジアミン成分と酸無水物成分という2種だったのですが,これが3種だったり,4種だったりするとその組み合わせの数は指数関数的に増大します(3の3乗,3の4乗などなど)。
 そうするとそうなっても全てのパターンについて書かないといけないとなると・・・こりゃ大変だ~♪

 うーん,理解はできるものの,実際どうすんだこりゃって思いのする判決でしたね。

5 追伸 15/5/19
 大手企業のガチンコということで,侵害訴訟の方があるわけですよね。
 その判決も時間差で漸くアップされたました。こちらも宇部興産(実施者側)の勝ちです。
 知財高裁平成26(ネ)10045号(平成27年4月28日判決)です。

 ただ,こちらも無効の抗弁が成立なのですが,公然実施による新規性などによるNGで,記載不備は論点になっていないのですね。不思議~。

 通常,無効審判と侵害訴訟の無効の抗弁って同じですからね。両者で違うなんていう効率の悪いことはできないですよ~。さては,違う無効審判もあったかなあ。
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理論物理学者を志望したのはもう30年近く前のこと。某メーカーエンジニアを経て,弁理士に。今は,弁護士です。
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