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知財,特に特許を中心とした事件を扱っている理系の弁護士の雑記帳です。知財の判決やトピックについてコメントしたいと思っております。
1 概要
 本件は,平成22年3月24日,発明の名称を「アモルファス酸化物薄膜の気相成膜方法」とする特許出願(特願2010-68707号。優先権主張:平成16年3月12日,同年11月10日。日本国。)をし,平成22年8月20日,設定の登録(特許第4568827号)を受けた被告(JST)に対し,原告(半エネ研)が,平成26年8月28日,本件特許の請求項1ないし5に係る発明について特許無効審判を請求し(進歩性欠如など),無効2014-800138号事件として係属した所,特許庁は,平成27年7月28日,不成立審決を下したため,これに不服の原告が,審決取消訴訟を提起したものです。

 これに対して,知財高裁4部(高部さんの合議体ですね。)は,原告の請求を棄却しました。要するに,審決のままでよしってことです。

 おっと久々の特許の判決の紹介です。しかもちょっとマジ系。
 本来は,後継ブログでの紹介が適当とも思えるのですが,このブログのネタの3つの柱は何でしったけ?
 そう,他人の悪口,金の話,そして私のプチ自慢でしたね。今回は一番最後のプチ自慢かなあという所で,紹介です(なお,代理人じゃないですからね。)。

 クレームは以下のとおりです。
【請求項1】結晶化したときの組成が,式InGaO3(ZnO)m(mは6未満の自然数)で示される酸化物薄膜のパルスレーザー堆積法又は高周波スパッタ法を用いる気相成膜方法において,/該酸化物の多結晶をターゲットとして,基板の温度は意図的に加温しない状態で,電気抵抗を高めるための不純物イオンを意図的に薄膜に添加せずに,酸素ガスを含む雰囲気中で基板上に薄膜を堆積させる際に,/成膜した薄膜の室温での電子キャリヤ濃度が10^16/cm3以下となる大きさに酸素分圧の大きさを制御することによって,室温での電子移動度が0.1cm2/(V・秒)以上,かつ電子キャリヤ濃度が10^16/cm3以下である半絶縁性である透明In-Ga-Zn-O薄膜を成膜することを特徴とするアモルファス酸化物薄膜の気相成膜方法。

 ま,要するにIGZOの形成法ですわ。

 で,主引例(引用発明1。後述のとおり,主引例はもう1つあります。)との一致点・相違点は以下のとおりです。
イ 本件発明1と引用発明1との一致点及び相違点
(ア) 一致点
酸化物薄膜の気相成膜方法において,酸素ガスを含む雰囲気中で基板上に薄膜を堆積させる際に,成膜した薄膜の電子キャリヤ濃度を減らすように,酸素分圧の大きさを制御する,透明酸化物薄膜を成膜する酸化物薄膜の気相成膜方法。
(イ) 相違点1-1
成膜する透明酸化物薄膜が,本件発明1では,「「該酸化物の多結晶をタゲットとして,基板の温度は意図的に加温しない状態で,電気抵抗を高めるための不純物イオンを意図的に薄膜に添加せずに」行う「パルスレーザー堆積法又は高周波スパッタ法」」によって成膜した「「結晶化したときの組成が,式InGaO3(ZnO)m(mは6未満の自然数)で示される酸化物薄膜」であって,「成膜した薄膜の室温での電子キャリヤ濃度が10^16/cm3以下」,かつ,「室温での電子移動度が0.1cm2/(V・秒)以上」の「半絶縁性である透明In-Ga-Zn-O薄膜」である「アモルファス酸化物薄膜」」であるのに対して,引用発明1では,「スパッタ法」によって成膜した「「従来透明電極として用いられていた,酸化物の透明導電膜である,ITO膜」であって,「キャリア濃度を10^18個・cm-3以下」に制御した「ITO膜」」である点。
 
 何がポイントかというと,引用発明はITOなのですね。この時点でよく分かっている人は,こんなんで無効にできるわけないじゃんと思えるでしょうね。

2 問題点
 取り敢えず進歩性だけを取り上げます。
 まあ,最近はあんまりやっていませんが,このブログをよく見ていた人にはわかると思います。
 
 進歩性の論点ははっきり言って2つしかありません。ひとつは,引用発明の事実認定の間違いです。もうひとつは法的判断(容易想到性)の間違いです。

 で,更に言うと,この2つの論点は同じ起源なのですね。要するに,遠い引用発明しか探せなかったのに,強引に認定・判断した場合です。

 つまり,どこにもそんなこと載っていないのに,載っている!と認定してしまったのが前者です。
 他方,そこはいいのですが(ということは,かけ離れた引例なわけです。),にも関わらず動機づけできる!と判断してしまったのが後者です。

 他方,そういうことがない場合は(近い引例を探せて無効の場合と遠い引例しか探せず有効の場合),極めてスムーズに事が運ぶというか,そのまま行くわけですね。

 で,今回は,極めてスムーズに事が運んだわけです。

3 判旨
「(ア) 原告は,引用例1ではITOを例に説明しているが,請求項1及び2が組成を限定していないことからも明らかなとおり,引用例1に記載された発明は,ITOに限定されるものではなく(【0016】,【0019】,【0021】,図2),また,引用例1には,請求項1及び2をITO以外の酸化物に適用することの妨げとなるような記載も存在しないから,引用例1には,ITOに限られない酸化物薄膜に関するより上位の発明,すなわち,原告主張の引用発明1が記載されている旨主張する。
 しかし,請求項1及び2の記載は,薄膜トランジスタの半導体層の組成を限定するものではないものの,請求項1には,半導体層の伝導帯と価電子帯とのエネルギバンドギャップが3eV以上で,前記半導体層を透光性膜としたことを特徴とする薄膜トランジスタが,請求項2には,半導体層のキャリヤ濃度が10^18個・cm-3以下で,かつ前記半導体層を透光性膜としたことを特徴とする薄膜トランジスタが,それぞれ記載されているにすぎず,特定の金属元素を含む,エネルギバンドギャップが3eV以上であって,かつ電子キャリヤ濃度が10^18個・cm-3以下である透明半導体酸化物薄膜の成膜方法を記載するものではない。そして,【0019】の記載も,ITOなどの酸化物の透明導電膜について,酸素量を変化させることにより膜の導電率を変化させるという方法及びその原理を,一般論として説明するものにすぎず,特定の電子キャリヤ濃度(10^18/cm3以下)を有し,かつ特定のバンドギャップエネルギー(3eV以上)を有する,半導体である酸化物薄膜の成膜方法について開示するものではない。さらに,【0016】は,実施例1について,半導体活性層8となるITO膜を着膜させる成膜方法を記載したものであって,ITO膜以外の酸化物薄膜の成膜方法を記載したものではないし,図2も「ITO膜の抵抗率のスパッタ時の酸素濃度依存度を示す図」であって,ITO膜以外の酸化物薄膜について,抵抗率のスパッタ時の酸素濃度依存度を示すものではない。
 そして,酸素量を変化させることによりどの程度キャリヤ濃度を低下させることができるか,導電率を変化させた膜が半導体活性層として機能するかは酸化物の種類により異なるものではなく,ITO膜以外の酸化物薄膜についてもITO膜と同一の性質を示すということが,当業者の技術常識であったことを認めるに足りる証拠はない。
 したがって,引用例1に,ITO膜について,酸素ガスを含む雰囲気中で基板上に薄膜を堆積させる際に,成膜した薄膜の電子キャリヤ濃度が10^18/cm3以下となる大きさに酸素分圧の大きさを制御することによって,電子キャリヤ濃度が10^18/cm3以下である半導体であるバンドギャップエネルギーが大きな(3eV以上)の透明酸化物薄膜を成膜する方法が開示されているからといって(【0013】,【0015】,【0016】,【0019】~【0022】),ITO膜以外の酸化物薄膜についても同一のことが開示されているなどということはできない。
 以上によれば,原告の上記主張は,理由がない。」

4 検討
 原告の方は,もう一つの主引例でも無効を主張するのですが,こちらはZnOです。

 ZnOでもITOでもいいのですが,こりゃIGZOと全然違いますよね。
 ITOは導電率つまり電気抵抗が低すぎるわけです。キャリヤ濃度が大きいのですかねえ。だからこそ通常透明導電膜として使われているわけです。TFTのチャネルとして使うなんてのはまああり得ないでしょうね。
 他方,ZnOはチャネルに使われる膜として一世を風靡したこともあったのですが,後発のIGZOの方が性能がいいんじゃねのってことで,今やちょっと・・・て感じです。
 ということは,性質も随分違うってことで,この引例でIGZOを潰すには難しいでしょうね。

 ま,今回の記事はプチ自慢ということでしたが,この辺の技術については,いまだよく分かっておるわいっちゅうプチ自慢でしたね。弱火でしたな。

 さて,この出願は,2004年のものですが,その時期,IGZOを出願等したのは,このJSTのグループだけだったのでしょうね。勿論,発明者の中には,東工大の細野秀雄先生も含まれております。

 そう言えば,IGZOといえば,ちょっと前JSTとシャープとの間で,商標の紛争があったりしました。他方,シャープのIGZOと言えば,半エネ研と共同開発したものですよね。

 ですので,原告の半エネ研がやっきになってJSTの特許を潰しにかかるのは分からないでもないですが,ITOやZnOの引例だと難しいでしょうね。

 まあこういうのは論文を探すのが手なのでしょうね(案の定,この特許は応物学会の発表の新規性喪失の例外を申請しております。)。同じ発明者での直前の学会の発表などが一番良いのではないでしょうか。
 ま,大手の事務所が代理人しているようなので,そういう所は全部探したかもしれませんニャ~。

 ところで,この原告の半エネ研,知る人ぞ知るっていう会社です。私はソニーで液晶をやってましたので,知るも知らないもって,ゴホンゴホンですわ(そう言えば,半エネ研とJDI,提携したのですねえ。いやあ感慨深い。)。
 韓国への出願とか非常に多いですからね。特許の世界に居て,この会社を知らないと,あんたちゃんと仕事してんの~くらいの会社ですわな。これ豆知識。

 なお,同じ親から分割されたと思われる別の特許(これと似たようなものです。)についても無効審判が請求され(やはり不成立審決),審決取消訴訟が提起されておりますが,やはり請求棄却の判決が同日に出ております。
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理論物理学者を志望したのはもう30年近く前のこと。某メーカーエンジニアを経て,弁理士に。今は,弁護士です。
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